1-10_【日常】将来の約束

カルミア歴1238年 春


ミケリア・ミュセナ(7)



 ミケリアは不満だった。昼食を食べ終えた後、一緒に遊ぼうと思っていた相手は父親であるヴィランを質問攻めにしている。

 まだ幼いミケリアには二人の会話が分からない。


「…では、あのおとぎ話を子供達が知らなかったのは?」


「えぇ、町の人達の邪神様に対する想いを教える前におとぎ話を知ってしまうと変な先入観を持ってしまうかもしれないと、昔からある程度大きくなってから教えることにしています」


「それは…申し訳ありません。ミケリアちゃんに…」


「はっはっはっ、構いませんよ、そろそろ教える時期でしたし」


 なんとなく自分に関係していそうな会話を耳にしながら頬を膨らませて、遊び相手を奪った父親に向かって不満を表していた。



 やがて会話が終わった二人は連れ立って部屋の外へ出る。ミケリアも後を追っていった。

 屋敷からも出た二人と一人は庭の奥にある二つの蔵の前にやって来る。大きな、ミケリアは入ったことのない蔵。もう一つは幾分小ぶりで、ミケリアが悪戯して怒られた際に閉じ込められる蔵。


 ミケリアは小さい蔵の前に来ると叱られた時のことを思い出して、ぶるっと震える。


「小さいほうは農機具などを収納するのに使っていますが、大きい蔵には先祖から伝わっている品々が保管されています。 王政時代は、当時は何人か居た使用人達と数年に一度中身の整理と手入れをしていたようでして。 ゼド先生も保存状態が良いと驚かれていました」


 ヴィランが説明をしながら大きな蔵を開く。ゆっくりと開かれる扉を前に、ミケリアは目を輝かせていた。きっとこの先に沢山のお宝が眠っていると思って。


 扉が開ききった瞬間、全力で飛び込もうとしたミケリアの体を後ろから伸びた手がガシリと掴んで止める。


「待ちなさい!ミケリア」


 振り返ると目を吊り上げた母親のニーナが居た。ミケリアの背に滝のような汗が流れる。


「あそこには大事な物が沢山あるの。あなたは入っちゃダメ!」


 ニーナの小脇に抱えられてミケリアは必死に手足をバタつかせて抵抗する。


「いーやーだー!!わたしも行くのーー!!タカラモノーーー!!!」


 暴れるミケリアを必死に抑え込んでいるニーナの足元で弟のアキナスが「おかーさん、僕も僕も!」と二人がじゃれ合っていると勘違いし、自分も遊んで欲しいと要求する。


「ミケリア、お姉ちゃんでしょ?!大人しくして」


「…はい」


 素直に大人しくなったミケリアを右に、きゃっきゃとはしゃぐアキナスを左に抱えたニーナは蔵から離れて行き、屋敷の中に戻って行った。


 その後、蔵の方へ行かないようにとニーナ監視の下でアキナスと遊んでいたミケリアは、ヴィランとフェイが談笑しながら廊下を歩く音を聞き、「もう行っていい?」と母に問う。


 ニーナは廊下に顔を出し、夫に「蔵はもう閉めた?」と聞き、夫が頷くのを確認してから「行って良し!」と許可を与えた。


 許可が出た途端に廊下に飛び出し、廊下の先にある部屋に父が入って行ったのを確認すると、ダダダッと勢いよく走って行って部屋の扉を開ける。


 そこには蔵から出したと思われるお宝が床一面に並べられていた。


 ミケリアは、「わぁっ!!」と歓声を発して部屋の中に飛び込む。咄嗟に「危ないっ!」と叫んだフェイだったが、飛び上がったミケリアを父のヴィランがすかさず捕え小脇に抱えると、彼はホッと胸を撫で下ろした。

 暫くジタバタしたミケリアは父親に敵うわけもなく、諦めて手足をだらんと下げて降参した。


「ミケちゃん危ないよ。割れ物とか武器とかもあるんだから…」


 一瞬の緊張から解放されて気が抜けたような声でフェイに注意されたミケリアは「は~い…」と返事をした後、顔を上げて父を見上げる。


「ねぇ、お父さん。どうしたらわたしはお宝に触れるの?蔵に入れるの?」


「ん?蔵か? 叱られてよく入ってるじゃないか?」


「ちが~う!そっちじゃない!」


「はっはっはっ、まぁそうだな、先生みたいな立派な学者さんにでもなったら入れてやろうかな」


 ニヤリと笑ってヴィランが言うと、ミケリアはパッと明るい笑顔をし。


「ほんと?! じゃあ、わたし学者さんになる!」


 子供特有の、思いつきで口にしたその場限りの夢を父親であるヴィランは目を細めて嬉しそうに聞いた。


「そうか、ミケリアが学者か… そうだな、ミケリアが学者さんになって、先生と一緒に我が家の歴史について調べてくれたら面白そうだな。 ミケリアの研究成果を読みながら老後を過ごすのも楽しそうだ」


「ヴィランさん、老後なんて。まだ全然そんな年じゃないでしょう」


「はははっ、いやいや、それくらい年月と根気のいる仕事でしょう?フェイ先生。 ミケリア、お前に出来るかな?」


 笑いながら娘に問いかける。その娘はというと「らっくしょーよ!」と自信満々に拳を突き上げて答えていた。そんな和やかな雰囲気にフェイも乗っかって提案する。


「それじゃあ、ミケちゃんは将来僕の助手さんかな?」


 提案にミケリアは「うん!まかせて、先生!」と突き上げていた拳をフェイに向ける。「じゃあ、よろしくね」とフェイは彼女の拳に自分の拳をコツンと合わせた。


「やる気だな、ミケリア。 それじゃあ、沢山勉強しないとな!」


 ニヤリと笑うヴィランに、「へぇっ!?」と調子の外れた声を出したミケリア。


「さぁ、そろそろ夕方の礼拝の時間だ。一緒に行こうか、ミケリア。 礼拝が終わったら夕飯まで勉強だ」


「いぃぃやぁだぁぁぁぁぁぁ!お勉強イヤだぁぁぁぁぁ!!」


「勉強しないと学者さんにはなれないぞ、ハハハハッ! では先生、ごゆっくり」


 必死の抵抗を試みるミケリアだったが逃げられるはずもなく、小脇に抱えられたまま、朗らかに笑うヴィランに連れ去られていった。

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