1-09_【日常】神話の像

カルミア歴1238年 春


フェイ・クーシラン(19)



 フェイが丘の頂上へ続く道を見上げると、そこには石造りの神殿がそびえ立っている。近づくにつれその巨大さと荘厳さに圧倒されていく。元々ここが王領であったとはいえ、田舎に似つかわしくない程立派な神殿であった。


 ―― 伝説の通りなら千年は経っているはず…


 年月による風化は当然あるが大きな崩れなどは無い。千年という長い年月、絶えることなく大切に手入れされてきたであろうと思い、フェイは感動して震えていた。


 ヴィランに案内され、開かれた扉から神殿の内陣へ入る。入ってすぐ、フェイは驚きのあまり足を止めた。


 入って正面、最奥に立派な祭壇がある。しかしフェイが驚いたのは祭壇ではなく、そこに至るまでの道の両脇にある六組の大理石でできた彫像の迫力によってであった。


「父の話によると、ゼド先生も今のフェイさんのように呆然と立ち止まったらしいですよ」


 声も無く棒立ちになっていたフェイに微笑みながら声をかけたヴィランは、「さぁ、まずは参拝を」と奥に促す。「…はい」と答えてフワフワした足取りで後に続く。


 フェイの目線の先、祭壇の中央には巨大な金属の柱が立ち、その前には短剣が一振り安置されていた。その下の段に銀盆があり、中には銀貨や銅貨が納められていた。フェイは銀貨を一枚取り出して銀盆に納め、ヴィランに倣ってシログ式に拝礼をした。


 暫く、静かな時が過ぎる。


「では、フェイさん。ゆっくりご覧になってください。 御神体の短剣や彫像などに触れたりしなければご自由に見て下さって構いませんよ。 私は少し外しましょう」


「はい、ありがとうございます」


 入り口に向かって歩いていくヴィランを見送った後、フェイは改めて祭壇を見る。祭壇に安置されている短剣の意匠に見覚えのあったフェイはジッと見つめながら記憶を探り、やがてハッとして思い出す。


 子供の頃に行った、10歳まで暮らしていた首都ハイランにある大神殿。そこに安置されていたカナリアスの聖剣にそっくりの意匠であった。

 カナリアスの聖剣はおとぎ話『聖王の邪神討伐』において、女神リオフィラより賜ったとされる、邪神に止めをさした剣である。

 

 聖剣と比べて剣身の長さこそ違うが、柄頭に嵌った翡翠と思われる宝石の大きさ、柄や鞘の装飾など、フェイの記憶にある聖剣とそっくりであった。


 ―― 聖剣の複製品だろうか…?


 聖王と邪神の決戦の地に聖剣の複製品があってもおかしくはないかと思ったフェイは、振り返って六組の彫像を見渡す。


 彫像は道を挟んで左右に三組ずつ。入り口の右側から奥へ、右奥から左奥に移り、今度は奥から入り口に向かって『聖王の邪神討伐』のそれぞれの場面を表しているようだった。


 フェイはまず一番初めの彫像の前まで歩く。


 見上げるほど巨大な、獣の頭に人間の肉体を持った化物の彫像であった。その化物に剣を構えた美しい青年が対峙している。青年の彫像がほぼ等身大とすれば、いかに化物が巨大かが分かる。フェイの目算では2メェトゥル半はありそうだった。


 ―― 聖王カナリアスと邪神ゾル・バハグラト…


 フェイは大好きだったおとぎ話の世界に入り込んだような感覚を覚えた。それほどの迫力と臨場感だった。聖王の美しい姿を見、子供の頃に憧れた英雄を前にした感動で、気が付くと涙を一筋流していた。


 袖で涙を拭って、今度は邪神の方を見る。

 巨大で、筋骨隆々とした肉体の邪神は手に太く長い棒を持ち、今にも聖王に襲い掛からんとしている。


 ―― 凄いな…


 子供の頃、おとぎ話を聞いては気分を高ぶらせ、聖王になったつもりで、ゾル・バハグラトと名付けた庭の木に向かって棒きれを打ち込んでいた自分の姿を思い出したフェイは自嘲した。昔の自分はこんな化物に勝つつもりだったんだなと。


 続いて、二組目、三組目とゆっくり時間をかけて彫像を観ていく。


 二組目は、聖王が邪神に追い詰められ、片膝をつきながら折れた剣を天に向かって掲げる姿。


 三組目は、凛とした美しい女性が弓を手に、邪神の右胸を矢で貫いている。邪神は獣の頭であるにも関わらず、ハッキリと苦悶の表情が表現されている。


 四組目は、聖王が邪神の胸を聖剣で突き刺す場面。


 五組目は、倒れ伏した邪神の横で聖王が天に向かって弓矢を構え、今まさに光の矢を放たんとしている。

 倒れた邪神の傍らには邪神の手から転がったかのように、巨大な棒が置かれていた。棒の形状が祭壇の柱に似ているようであった。


 そして最後の六組目であるが、その彫像が表しているのはフェイの知っているおとぎ話の結末とは違っているようだった。


 死んだはずの邪神が半身を起こして手を伸ばし、女神が差し出す手を取っている。

 フェイの目には、優しい微笑みをたたえた女神が邪神の手を引き、まるで導いているかのように見えた。女神の背後には多くの花々が彫られており、それを見て直感的に呟く。


「神々の庭…?」


「フェイ先生!!」


 突然、背後から声が掛った。驚いてフェイが振り返るとちょっと怒った様子のミケリアが腰に手を当てて立っていた。


「さっきから呼んでるのに! 返事してよね、先生!もうお昼だよ」

 

「あ、あぁ… ごめんね、ミケちゃん。 もうそんなに時間経ってたんだ…」


 フェイの手を取り、「お昼ご飯だよ、行こう!」とグイグイと引っ張るミケリアに「そうだね、行こうか」と返事をし、フェイは神殿を後にした。


 丘の頂上にある神殿。出口に差し掛かるとフェイの眼下には、町の中心である神々の庭が遠く望めた。

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