1-08_【日常】シログの信仰

カルミア歴1238年 春


フェイ・クーシラン(19)



「神々の庭…ですか?」


 疑問を口にしつつ立ち上がろうとするフェイをヴィランは手で制し、フェイの横に「よっこいしょ」と座る。


「似たようなものを、ここへ来る間に見ませんでしたか? 時々、民家の庭先などに直径で2メェトゥル程度の小さいものがあったかと思いますが」


 そう言われてフェイは、確かにシログリア地方に入ってから民家の庭先で見かけることがあったなと思い返す。しかし花壇なのだろうと気にも留めていなかった。


「”神々の庭”というのは、その家のお墓であり祭壇でもあるものなのですよ。 シログ人の間では昔から神々は花々が咲き乱れる綺麗な世界に住み、毎日陽気に楽しく過ごしていると信じられています。”神々の庭”はその世界を模しているわけですよ。 シログの人々は死後は神々の庭へと向かい、花や岩などに姿を変えてその世界を構成し、神々と共に存在し続けると云われています」


「なるほど…シログ人の土着信仰ということですか。 それでは、あの町の真ん中にあるのも…?」


「えぇ、我が家…ミュセナ家の”神々の庭”ではあるのですが、町の共同墓地のような感じでもありますね。個人で”神々の庭”を持てない方や希望する方などもあの場に葬ることもありますし、町のお祭りなどもあそこを起点に行われます」


「なるほど…しかし、大きすぎではありませんか?」


「そうですね、確かに大きいですね。しかしそれにも理由があるのですよ。 フェイさんは当然『聖王の邪神討伐』というのはご存じでしょう?」


「えぇ、勿論」


 と、答えながらフェイは背中に汗をかいた。ヴィランが知っているのにミケリア達が知らなかったという事は、あえて教えていなかった可能性がある。フェイは余計な事をしたのではないかと不安に駆られる。しかしヴィランはそんなフェイに気が付く事なく話を進める。


「あの物語に登場する邪神ゾル・バハグラト、その邪神のお墓があの場所と云われています。 おかげであの”神々の庭”を管理する我が家は邪神の子孫と町の人々から言われていますよ。邪神ほどの大きさとなると、これだけ巨大なお墓が必要ということでしょう。 あぁ…安心なさって下さい、迫害とかそういうことにはなっていませんから」


 驚いて「えっ…」と目を見開いて固まるフェイを見てヴィランは楽しそうに笑う。


「あっはっはっは、驚かれましたかな? 私は邪神様の子孫で、そして町の人々は物語の中で改心したとされる悪魔達の子孫ということです」


「町全体で邪神信仰をしていた…ということでしょうか…?」


 もしかしたらアストランディアの支配が始まったころより、リオフィラへの信仰を隠れ蓑に王家に反抗する象徴として邪神を信仰をしていたということなのだろうか。しかもここは王家の飛び地でもあったはず、相当にマズいことしていたのではないかと考えたフェイは冷や汗をかいていた。


「はっはっはっ、いやいや、フェイさんが考えているようなことはありませんよ。 フェイさんは、大神官スペキオスという人物はご存じで?」


「は、はい、勿論です。 聖王カナリアスの弟でカルミア教では最初の大神官…」


 アストランディアの主要民族カルミア人の宗教であるカルミア教は、元々から多神教ということもあり他民族の信仰にも比較的寛容であった。それを更に柔軟に解釈することで、支配下に置いた他民族の神々を取り入れることに尽力したのがスペキオスである。

 彼の宗教観は兄であるカナリアスの民族融和政策にも合致し、兄によって大神官に任命されることで宗教面で兄を大いに援けることになる。

 また彼は異邦の神々を取り込む努力をしつつ、支配下の民族に改宗や棄教を強要することなく、それぞれの文化や信仰を尊重する人物でもあった。


「彼のおかげですよ、私達が古の神を祀ることが出来るのは。 ゾル・バハグラトとは、元々はシログで戦と豊穣を司る神だったのですよ」


 フェイは先日に行われた祭りが豊作を祈願してのものだったことや、ジキラントが戦いの神様だと言っていたことを思い出した。


「町の人達が”邪神様”と言っているのは、言ってみれば愛称のようなものですよ。 シログにおける神は大体は二つの権能を有します。ゾル・バハグラトの”戦”と”豊穣”のように。その権能の片方が人に災いや不幸をもたらすものであった場合、その神を邪神と呼ぶのですよ。 それでまぁ、昔の人はカルミア人がゾル・バハグラトを邪神というのなら、”戦”も立場によっては災いみたいなものだからそれでいいんじゃないかという感じでいたようですね。いつ頃からシログでも邪神と呼ばれ始めたのかは分かりませんが」


「アストランディアの支配が進むことで堕とされた土着の神…ということですか?」


 ―― それでもなお、地元民に愛され信仰が残ったとか…か? でも、そうだとすれば他の民族が信仰する神々は取り込まれていったのに、なんでゾル・バハグラトはカルミア人に邪神として堕とされたんだ?


「さて、それは何とも… ですが、それを考える上で参考になりそうなものは神殿内にありますよ。 どうです?参拝なさっては?」


 言われて初めて、神殿に来ておいてまだ参拝もしていないことに気が付いたフェイは恐縮し謝罪を口にする。


「申し訳ありません、本来なら真っ先に参拝すべきでした」


「はっはっはっ、構いませんよ。 では参りましょうか」


 促されてフェイは神殿に向かう坂を登り始めた。

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