1-07_【日常】元気な子供達
カルミア歴1238年 春
フェイ・クーシラン(19)
話し終わってフェイは恐る恐るミケリアの顔を覗き込むと、彼女は目をぱちくりと何度も瞬き驚いていた。
―― やっちゃったかなぁ…
と、後悔していたフェイの前でミケリアはバッと床に視線を落とし。
「ここ! 邪神さまのお腹の上だったの?!!」
フェイは思いもよらなかったミケリアの反応にカクンと体制を崩す。しかし、失望したり不快な様子を見せないミケリアにホッと胸を撫で下ろした。そして徐々にミケリアの反応が面白くなってきて、ついには噴き出してしまった。
「あははははっ、お腹の上なの? 肩とか背中とか、もしかしたら頭の上かもよ?」
「確かに!!」
そう言ってミケリアが、彼女にとっては驚愕の事実に戦慄しているところへニーナが台所から顔を出して言う。
「ほら、ミケリア。ご飯終わったのなら口濯いで顔洗って来なさい」
「は~い」
母親にそう言われ、切り替えの早いミケリアはフェイの袖を引っ張りながら「こっち、こっち」と外の井戸まで連れて行く。
井戸に着き、二人して口を濯ぎ顔を洗った。ミケリアはその後、辺りをキョロキョロ見渡しながら、「神殿があるところがお腹の上かな?」「じゃあ、あっちは脇?」と地形を見ながら邪神のどの部分にあたるかの想像に余念が無かった。
そんな中、フェイは喉を潤そうと桶に組み上げた冷たい井戸水を掬い、口に含んで嚥下しようとしたとこでミケリアの「井戸は水が出るところだから…おち〇ち〇かな?」という言葉に「ぶふぉっ…!」と盛大に水を吐き出して咽てしまった。
背中を擦りながら「大丈夫、先生?」と心配するミケリアにフェイは涙目で頷いて立ち上がる。
「ごほっ… ねぇ、ミケリアちゃん。 ミケリアちゃんの知ってる邪神様ってどんな神様なの?」
「ん~とね… 邪神さまは戦いとほうじょーの神様だよ! すんごく大きな体で動物の頭してて、右手には鉄の大きな棒を持ってって左手には斧を持ってるの!」
ミケリアは手を広げて体全体で大きさを表している。
「右手の鉄の棒でバァーンって敵をやっつけて」
何かを振り下ろすように体を動かして説明を続ける。
「左手の斧をズバァっと振ると森があっという間に平地に変わるの」
―― 右手の武器で戦って、左手の斧で森を切り開くってことかな?
と、フェイが想像している中でもミケリアの説明は続く。
「そんで地面に鉄の棒を振り下ろすと、土がバァーンって舞い上がって耕されるんだよ!ついでにバラバラになった敵も土に埋まって肥料になるの! 後は棒で線を引くとそこに水が流れたりするんだよ!凄いでしょ?!」
―― なるほど、耕したり灌漑とかも… って、んっ!?
ミケリアの口からかなり物騒な台詞を聞いた気がしたフェイは聞き間違えかと首を捻っていた。
と、そこへ元気な男の子の声が聞こえた。
「ミケちゃーん!」
「あ! ジキくんとキリちゃんだ! おはよー!」
「おはよー! 今日は何して遊ぶー?」
走ってきたジキラントとキリアナがミケリアの前で止まると、今日は何をするかで話し合いが始まる。やがて三人はフェイの方を見上げて。
「おじさんも一緒に遊ぼうよ!」
「ジキくん! 先生はおじさんじゃないから、おじさんって呼んじゃダメなんだよ!先生って呼ばなきゃ!」
注意されてジキラントは「学校の先生?」と首を傾げると、ミケリアは「ふふんっ…学者の先生だよ!」と何故か自慢げに答える。
「はは… いいよ、一緒に遊ぼうか。じゃあ、僕もみんなのことをジキくん、キリちゃん、ミケちゃんって呼ぼうかな? それで、何をして遊ぶんだい?」
「「追いかけっこ!!」」
声を揃えた三人の答えにフェイは「よーし!いいよ」と腕まくりをして気合を入れる。
「じゃあ、始めは先生が”悪魔”で僕達が”妖精”ね! 10数えて!」
「よーし、捕まえて食べちゃうぞー! 1、2、3…」
フェイは疲れ果ててへたり込み、崩れるように草の生い茂る地面に転がる。結局、悪魔は一度もすばしっこい妖精を捕まえることは出来なかった。8歳といえど毎日野山を走り回っている田舎の妖精達には、一日中机に向かっていることも多い運動不足気味の都会の悪魔はかなわなかったのだ。
「ぜぇ…ぜぇ… ちょっと…休憩…」
「先生… 弱…」
一人が悪魔を引きつけ、その間に他二人が休むという戦術を取った狡猾な妖精たちは息すら切れていなかった。
「じゃあ、僕たちはあっちで遊んでるね。休憩終わったら来てよね」
と、子供達は走って去って行く。「…元気だなぁ」と上半身を起こす。そのフェイの眼前には丘の上から見下ろす町並みが映る。
丘の上から全体を見ると、町は少し変わった形をしていた。
町の中心には大きな円状の花畑があり、それを囲むようにして家々が立ち並んでいた。まるで最初に花畑があり後から町が作られたかのような感じがする。
― 大きいな… 直径で200メェトゥルくらいあるか…?
直径200メェトゥル(≒200メートル)以上の円を囲むように岩が並び、その内側がこんもりと低い丘のようになっている。そしてその円の中心にフェイの位置からみても相当に大きいと分かる巨石が置かれていた。円の内側は色とりどりの花で満たされている。
「花畑? 公園かな? …何だろう?」
フェイの呟きを拾うように背後から声がかかる。
「あれは”神々の庭”と呼ばれる場所ですよ」
振り向くと黒い神官服のヴィランが立って微笑んでいた。
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