閑話⑤(最終回)このときの僕が原因で友人カップルが喧嘩した話

「誰から聞いたの……って聞く必要もないか」


 聞かなくても分かる。きっと彼女高梨さんから聞いたのだろう。


 僕は心を奮わせるために、フーッと大きく息を吸い込む。これからは激しいになるだろう。翔一さんに舌戦で勝てるとは思っていない。いや、おそらく負けるだろう。何と言ったって、今まで彼は友人間で一度も口喧嘩で負けたことがないからだ。


 それでも、挑まない理由にはならなかった。


「翔一さん。悪いけど、僕は――」

「あっ、つぴさん説得しに来たわけじゃないよ」


 翔一さんは僕の言葉を遮って、ケロリとそう言い放った。あっさりと言い放たれた僕は拍子抜けしてしまう。翔一さんの言葉を信じるなら、彼は僕を説得しに来たわけではないらしい。では、一体何のために僕に電話をかけてきたのだろうか。


「じゃあ、なんで……」

「まぁ、つぴさんに愚痴を吐きに来たってとこかな」

「愚痴?」

「そそ。こんなこと相談できるのつぴさんくらいだからさ。綾はもちろんだけど、みんなにも今から話すこと内緒にしてくれよ」


 そう言って翔一さんは語り始めた。


「俺、昨日綾と喧嘩しちゃってさ」

「……二人にしては珍しいね」


 翔一さんと高梨さんはものすごく仲が良い。通話に二人揃っているときも、まるで新婚夫婦のようにイチャイチャしていて見てるこっちが恥ずかしくなるときもあるほどだった。だから、僕には二人が喧嘩している様子が想像出来なかった。


「なんで喧嘩したの?」

「つぴさんの今後について……ってとこかな」


 一体どういう意味だろうか。僕のことについて二人で何らかの相談が行われていたのは何となく予想できていたが、『僕の今後』という意味が分からない。


「あいつ昨日の夜、俺に電話かけてきてさ。そこで、つぴさんの置かれてる状況について知ったんだ。あいつ不満そうだったぜ。このまま絶縁しなかったらつぴくんに悪影響だってさ」


 昨日の時点で、高梨さんが何となく不満げな様子だったが、それは僕の杞憂ではなかったようだ。僕なりに自分のその時思っていたことを頑張って言葉にしたつもりだった。しかし、それでも彼女からの理解は得られなかったらしい。


「それで俺カチンときてさ。それで言い争いになっちゃったんだよ」


 僕のせいで喧嘩になってしまったのはとても申し訳なく思う。だが、「僕はあなたたちの子どもですか?」などと思ってしまった。まるで息子の教育方針を話し合う両親を見ているようだ。まぁ、この場合は息子役が僕なわけだが。


 なので、申し訳無さと困惑で何を言っていいのか分からなくなってしまった。ただ、この件に関して僕に文句を言われても、申し訳無くは思うが、それはそれとして僕が怒られるのは理不尽ではないのかと思ってしまう。


「翔一さんは僕に怒ってる……?」


 僕は恐る恐る翔一さんに質問するが、翔一さんは「ははっ、まさか」と鼻で笑った。


「俺、綾に言ってやったんだ。『確かにつぴさんは優柔不断で流されやすいが、一度やるって決めたら貫き通す芯のある男だ』ってな。そう言ったら綾も黙ったよ」


「綾から聞いてさ、嬉しかったんだ。珍しく、つぴさんが誰にも流されず自分の意志で選び取ったってことが。だから俺はつぴさんの意見を尊重するよ」

「翔一さん……」


 僕はじんと胸が熱くなっていくのを感じた。


「ただ、綾もつぴさんのことを思ってそう言ったんだ。あいつにはあいつなりの考えがあるんだ。そこは分かってほしい」

「うん、分かってる」


 彼女は、今まで自分の害になる友人関係は全て切り捨ててきたと言っていた。きっと彼女の価値観と僕の価値観は根本的に違うのだろう。


「あと、その件は出来ればもう綾の前では言わないで欲しい。俺もまた喧嘩するのはこりごりだからな」


 翔一さんは面倒くさそうにそう言った。


「まぁ、自分で決めたんだ。最後まで貫き通せよ、つぴさん」

「うん。分かった。ありがとう翔一さん」


 そう言って、通話は終わった。

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