閑話④ このときの僕が原因で友人カップルが喧嘩した話

「あれで本当によかったのかな……」


 あの宣言の翌日、僕はぼんやりと天井を見ながら思い悩んでいた。悩んでいるのはもちろん先日のことだ。自分が間違ったことをしているかどうかは、今はまだ分からない。だが、高梨さんの提案を無碍にしてしまったのは事実なのだ。


 耳に痛い言葉ではあったものの、彼女が投げかけた言葉は善意から来るものだ。きっと僕が思い悩んでいるのを聞いて、決断の手助けになればとの思いだったのだろう。


 だが、僕は彼女の思いとは裏腹に、勇次郎との縁を切るわけでもなく、彼を無理やり改心させようとするわけでもない――今後の彼の行く末を見守るという決断をした。それが吉と出るか凶と出るかはまだ分からない。


 ふと、テーブルの上のスマートフォンを見ると小刻みに振動していた。ディスプレイには溝之翔一と映っていた。


「えっ、翔一さん!?」


 僕は驚きのあまり、スマホの画面を二度見してしまう。僕もあまり人のことを言えないが、翔一さんは用事があるとき以外は連絡を取ってこない。ましてや、事前の連絡無しの通話など滅多になかった。


「えー……何の用件だろう……」


 嘘だ。口ではそう言ったものの心当たりが多すぎて困る。十中八九、先日のことだろう。この電話は、翔一さんの彼女である高梨さんの案を無碍に扱ってしまったことについての話だろうと僕は確信していた。


 ――もしかすると怒られるかもしれない。僕は恐怖に震える。僕は中学校の頃から今まで、翔一さんの説教を何度も受けてきたが、彼の説教はよく手入れされた日本刀のような切れ味を誇っていた。言葉一つ一つが凄まじい切れ味を誇っており、相手の心を抉りにくるのだ。


 電話を無視してそのまま眠ってしまおうかという邪な考えが浮かぶ。だが、ここで逃げるわけには行かない。僕はもう自分がどうするかは決めたのだ。今更引き返すことなんてできない。例え翔一さんに説得されようが、僕は自分の意見を曲げる気はなかった。


 僕は意を決してスマホを手に取り、電話に出る。


「……もしもし」

「あっ、つぴさんおひさ。生きてた?」


 緊張した面持ちで電話に出た僕だったが、通話越しに聞こえてきたのは、いつも通りの翔一さんの声だった。僕は拍子抜けして、「え?」という間抜けな声を上げてしまう。一応、開幕から怒声が飛んでくるのも覚悟していたのだが……。


 それからは、お互いの近況報告だったり、翔一さんが最近ハマってるゲームの話をしたりと他愛のない話が続いた。


(あれ……? もしかして、翔一さん本当に近況報告がしたかっただけ?)


 先日の件がいつ出てくるかとヒヤヒヤしていた僕だったが、一向にその話が出てこないので僕は、翔一さんが今回電話をかけてきたのは、単純に僕と話がしたかったからなのではないかという勝手な希望を見出していた。


「あっ、そういえば」


 翔一さんは何かを思い出したかのように言った。背中に冷や汗が流れる。小学生の頃、授業中に先生に当てられないようにと願っていたあの頃を思い出す。当てられる前には予感めいたものを感じる事があったが、今まさにその感覚だった。


「つぴさん、友達がマルチにハマったんだって?」

「ですよねー」


 こうして僕の希望は儚く崩れ去った。

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