閑話③ このときの僕が原因で友人カップルが喧嘩した話

「……そんなこと僕には無理だよ」


 僕は俯きながら、消えるような小声で弱音を吐く。まるで「でもでもだって」と駄々をこねる小学生のようだ。だが、相手は勇次郎なのだ。誰が好んで友達を辞めたいと思うだろうか。


 自分でも今の僕は惨めで、とてもカッコ悪いと思う。そんなウジウジと悩んでいる僕に、高梨さんは語気を鋭くして話す。


「……つぴくんはさ、いつもナヨナヨしてて意思も弱いじゃん。このままその子と一緒にいたら、つぴくんまでマルチに染まっちゃうかもしれないよ?」


 高梨さんの言葉がまるで鋭利な刃物のように突き刺さる。何もそこまで言わなくてもいいじゃないか。いくら僕がナヨナヨしてて意思も弱いからと言って、流石にマルチになんか染まらない。


 いや、傍目から見たらその危険性もあるのだろう。きっとここにいる高梨さんを含めた何人かは、僕がマルチに染まってしまうことを危惧しているのだ。


「その子と縁を切ったら確かに悲しいかもしれない。でも、私達がいるから」


 そういう問題じゃないんだよ――僕は心の中で叫んだ。だって、勇次郎は僕の大切な親友なんだ。他の誰にも代わりは務められない。


 高梨さんに一体僕たちの何がわかるっていうんだ。放課後、一緒に数学の問題に悪戦苦闘しながら何とか解き終える毎日も、休みの日にわざわざ10キロも自転車を漕いで笑い合いながら勇次郎の家に行った思い出も知らないくせに。


 そう思った途端、僕はハッと心の中に暗く降り掛かっていた靄が晴れるような気持ちになった。なんで、今まで気づかなかったのだろう。


 今まで僕は迷っていた。いや、現実を直視したくなくて、ずっと逃げていたんだ。勇次郎と縁を切るか、これまで通り友人で居続けるか。きっと、この場合前者が正しくて後者が間違っているのだろう。


 でも、結局それは結果論にしかならないのだろう。


 これからの、僕の進むべき道は決まった。


「決めた」


 僕は意を決して話し出す。


「僕はアイツと――勇次郎と友達を辞めない」


 またも沈黙が場を支配する。


「……本気で言ってるの? 私が話したことちゃんと――」

「待って」


 高梨さんは僕に早口で捲し立てようとするが、遥斗がそれを止める。


「もう一度聞く。つぴはさ、そいつと今後どうしたいんだ?」


 遥斗は真剣な様子で僕に質問する。きっと遥斗は、先程の答えを今この場で聞かせろと言っているのだ。僕は深く息を吸い込んで心を落ち着かせる。そして、一息に言葉を紡ぐ。


「あんなことがあってもさ、勇次郎は僕の友達なんだ。だから、僕はあいつの目が覚めて元に戻ってくれるまで待つよ。それがいつになるのか分からない。明日には元に戻ってるかもしれないし、ずっとあのままかもしれない」


「それでもさ、僕は待つよ。いつか元に戻ってお互い笑い合えるように。馬鹿な選択をしてると自分でも思うし、高梨さんの言ってるやり方のほうが正しいんだと思う」


 それでも――。


「それでも、やっぱ諦めきれないんだ」


 場が静まり返る。僕含め、誰も言葉を発しようとしない。当の僕は、カッコつけすぎたかなとディスプレイの前で顔を赤くし、今後来る批判の嵐に耐えきれるだろうかと不安に駆られていた。


「まぁ、つぴが決めたんならそれでいいんじゃね?」

「つぴがここまで言うのも珍しいしな。自分で決めたことだ。まっ、精々苦労するんだ」


 遥斗と隼樹が僕に同調する。続けて、汐野さんが、


「あっ、もう11時じゃん!こんな辛気臭い話している場合じゃないじゃん! 映画見よ映画!」


と言ってくれたおかげで話は流れ、いつも通りの映画鑑賞会が始まった。


 鑑賞会が始まった後、高梨さんはいつもの様子に戻ったようだったが、僕は彼女がどこか不満げな様子な気がした。


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