第1話 胸を張って報告できるタイミング

 夕食後、最近買ったばかりのゲーミングチェアに腰を下ろし、明日締め切りのレポートを書いていると、机の上のスマートフォンが振動した。スマホのディスプレイには勇次郎と表示されている。


「やっほぉぉぉぉ! つぴちゃーん!生きてるー?」


 勇次郎の明るい声が電話越しに響いた。電話の主は田端勇次郎、僕の高校時代からの友人である。彼とは高校二年生のときに知り合って、ずっと通話をしたり遊んだりする仲だった。勇次郎とは2年間同じクラスで多くの時間を一緒に過ごした。なので、勇次郎がどう思っているかは分からないが、僕は彼のことを親友だと思っている。


「ちゃんと生きますよ。そっちも相変わらず元気そうだね」

「そう見える?実は最近まで実習でメンタル死んでたんだよねー。まぁー終わったからどうでもいいけどさー」


 高校卒業後、県外の大学に進学した僕とは違い、勇次郎は地元の医療系専門学校に進学した。勇次郎が進学した専門学校はスパルタなことで有名で、勇次郎は授業は難しいし実習がキツすぎると僕によくボヤいていた。


「それにしては今日はやけにテンションが高いじゃん。何かいいことでもあった?」

「まぁね」

「おっ! ねぇねぇ僕にも教えてよ」

「どうしよっかなー」


 勇次郎は悩ましげに「うーん」と唸っている。その様子を見て僕は、余程いいことがあったのだろうと勝手に推測する。


「もしかして僕に『胸を張って報告できるタイミング』になったってこと?」

「半分正解かな~。まだ、そのタイミングじゃないけど」


 勇次郎はもったいぶったようにそう話す。だけど彼の言葉の節々から喜びが漏れ出しているのを僕は見逃さなかった。


「ねぇ、そろそろ教えてよ。この前そのことについて話してからもう2ヶ月近く経ってるんだよ? そりゃ、いいタイミングまで待つとは言ったけどさ。ゆーじの口ぶりからも好調そうだし、そろそろもったいぶってないで教えてよ。このままだと僕おじいちゃんになるまで待つ羽目になるよ?」

「出来ればもうちょっと待ってほしかったんだけどな……まぁ、いっか」


 そう言ってため息を付いたあと、勇次郎は真剣な口調で語りだした。


「つぴちゃんは今の日本をどう思う?」


 普段の勇次郎からは想像できないような質問が飛んできたので、僕は一瞬あっけにとられてしまう。勇次郎は政治に興味があるようなやつではなかったのに急にどうしたのだろうか。それにこの質問と、彼が僕に隠してることに一体何の関係があるのだろうか?


「そりゃあ色々不満がないわけじゃないけど、日本って国ガチャだったらSSRかUR、控えめに言って大当たりの部類だと思うんだよね。治安めっちゃいいっていうし」

「つぴちゃんの言っていることも間違ってないと思うよ。けどね、日本はもう終わりに近づいているんだよ。少なくとも、俺は先生の話を聞いて切実にそう思った」


 先生? 一体勇次郎は誰のことを言っているのだろうか?

 頭に疑問符を浮かべる僕に向けて、勇次郎は言葉を続ける。


「これからの日本は衰退していくばかりなんだ。実際俺達がジジイになってももらえる年金なんて雀の涙程度だ。でも、先生についていけば生きる道が見つけられそうなんだ。だから――つぴちゃんにもぜひ先生の話を聞いてもらいたいんだ!」


 自体が飲み込めず唖然としている僕をよそに、勇次郎は確かにそう熱弁した。

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