第43話:情けない話だけど、僕は未だに誰一人殺したことがないんだ





「――と言うことで、今夜は腕によりをかけたディナーだ。メアリー、君が無事に帰ってこられたお祝いだよ」


 メイガスに私が拉致されてから二日後のことだった。それまでアウトカムと都市警察に缶詰にされて事情聴取と後始末だったが、ようやく私は自宅でゆっくりと夕食の時間を取ることができていた。


「まずは前菜から味わってほしい」


 キッチンはちょっとしたレストランのように飾り付けられていた。ウエイターのように振る舞うジョンが、私の前にスモークサーモンのテリーヌが載った皿を置く。


「本格的ですね」

「いやいや、本格的に見せかけた僕のオリジナルだよ。レストランのフルコースには程遠い」


 謙遜してそう言うけど、これは絶対にレストランでの外食に匹敵する。


「私は美酒や美食を必要としません。ジョン、あなたの料理は私にとって充分価値がありますよ」

「お褒めにあずかり心から光栄に思うよ、メアリー・ケリー」


 ジョンはウエイターを買って出たけれどもが、私は一緒に食卓に着くように言った。ジョンは従う。


「ローストビーフにマッシュポテト。それにアスパラを添えて。シンプルに量は多めだよ」


 本日のメインディッシュが目の前に置かれた。肉汁の滴るような食欲をそそる色のローストビーフと、空腹を満たせるマッシュポテト。緑のアスパラの組み合わせで見た目も申し分ない。ジョンのこういう料理のセンスは私は掛け値なしに素晴らしいと思う。


「これは――なかなか食べ甲斐がありますね。しかもおいしそうです」

「ワインはいかがかな? この前君と買ったとっておきを開けよう。僕の私費で買いたかったな」


 グラスに赤ワインが注がれる。こうしていると、ジョンは非の打ち所のない好青年だ。明るく、ユーモアのセンスに優れ、会話する時はむしろ聞き手に回ってくれる。しかも料理はどれもおいしい。一瞬だけ、ジョンに心を許しそうになるのが怖い。


 しかし――ジョン・ドウはやはりシリアルキラーだった。ローストビーフをフォークで口に運びながら、ジョンは口を開いた。


「ねえメアリー。君も知っての通り、僕は推定犯罪者だ。ほかでもない君の優れた観察眼によって精神純度の検査を路上で受けさせられ、そのままエシックスに直行だったんだ」


 私は今でも鮮明に思い出せる。パトロールの最中にジョンを見た瞬間の、あの心臓の止まるほどの驚きを。慌てて私はジョンを呼び止めて検査を受けさせた。結果は最悪。即座に同僚がジョンに銃を向けた。第一級推定犯罪者その場で一切の尋問なしで射殺しても構わないが、私は何とか止めさせた。


 何しろジョンはゲームの中では、後半のレイヤードの危機に一応役に立つからだ。あれ以来、私はジョンの特別な存在になっているらしい。「自分の殺人嗜好症を見抜いた」という意味で特別なのか「こいつだけは絶対に殺したい」という執着なのか。どちらにせよ、シリアルキラーに特別な感情を向けられるのは正直に言って空恐ろしい。


「情けない話だけど、僕は未だに誰一人殺したことがないんだ。笑えるだろう? こんなに殺人に焦がれ、殺人の良さを語り、殺人に傾倒していながら、その実殺人は未経験。まるで色事師を気取る人見知りみたいだよね」


 ジョンの口調は軽かったが、目は真剣だった。


「……ジョン、率直に私の意見を述べさせていただきます」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る