第42話:どうして僕はこんなに満足しているんだろう
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いや、ジョンの場合はあっという間にそれは血みどろの愛撫に変わるだろう。素肌のぬくもりを味わうためではなく、鮮血のぬくもりに興じるための。
「嬉しいなあ、メアリー。君は僕を信頼してくれている。胸がときめくじゃないか」
「捜査官がパートナーである推定犯罪者に一定の信頼を示すのは当然です」
私が淡々とそう言うと、少し残念そうにジョンは手を引っ込めた。う~ん、少し私は無愛想すぎただろうか。さすがに、助けてもらってもお礼一つ言わない人間なのは望ましくない。
「ジョン、ありがとうございます」
一応……本当に一応私はジョンにお礼を言う。彼はきょとんとした顔になる。
「え? 僕、何かしたかな?」
「メイガスの意図がどうあれ、あなたが私を助けたのは事実です。お礼を言います」
「う~ん。メアリー、君なら一人で脱出できたんじゃないかな? 全部君の計画通りって感じだし」
「どうでしょうね。少なくとも、あなたのおかげで時間の節約になりました」
あくまでも大したことがないという感じのジョンだが、私は軽く頭を下げた。
「ありがとう、ジョン。私を助けてくれて」
口にして急に恥ずかしくなってきた。なんだ、私。相手はサイコパスのジョン・ドウだぞ。人に優しいのは単なるエミュレートで、こいつの本心は気に入った人間を解剖するのが好きな殺人鬼だぞ。それをまるで……窮地を救ってくれた恩人みたいに思うなんて。おかしい。絶対におかしい。
「――おやおや」
つい赤面してしまう私を見て、ジョンはからかうことはなかった。彼は自分の胸に手を当てる。
「不思議だね、なんとも言い難いよ、この感情は」
その表情は、まるで初めて味わった美味に当惑しつつも感動しているかのようだ。
「どうして僕はこんなに満足しているんだろう。ただ君にお礼を言われただけなのに。僕は幸福を感じてしまったよ」
ジョンは私の頬に触れつつ囁く。
「もう一度言って欲しいな、メアリー」
「言いません」
私は即答する。耳朶をなぞる彼の指に殺意を感じたからだ。
「そう言わずにさあ、僕はもっと満足を味わいたいんだ。ね? ねえ?」
やめてくれ。私の心に踏み込んでくるな。つい内心文句を言ってしまうほど、この殺人鬼の顔は甘やかで爽やかだったのだ。
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