第40話:解体工事





 次の瞬間、ジョンのアグノスティックが発現した。見えないのではなく認識できない。そもそも保有者のジョンでさえ理解できないのだ。不可視の刃が飛んでくるのはそのごく一部。発生するわけの分からない現象こそが本質だ。単にジョンは異能の正体に全く関心がないので、切断にしか用いないのだ。


 しかしこれは腐っても異次元からの干渉。ただの刃物とはわけが違う。その証拠に――


「な……何……が……っ!」


 ヴァイオレットが床に倒れて呻く。人形とは思えない苦しげな動作だ。既にセーブルはただの人形に戻ってバラバラだ。まったく、危うく惨殺現場を見るところだった。


「何を……した……? お前……なぜ……?」

「簡単なことです」


 私はオルタナティブ・サイコのシナリオの本文を思い出しながら言う。


「操り人形と傀儡師は糸によって繋がっています。人形をいくら傷つけても傀儡師を傷つけることはできません。しかし、突然人形を掴んで力任せに引っ張ったらどうなるでしょうか?」


 床に倒れて、羽をむしられた虫のようにもがくヴァイオレットを私は見下ろす。


「傀儡師はバランスを崩して転び、怪我をする。そんなようなものです。あなたの人形への損傷は、あなたそのものにある程度フィードバックしているようですね」

「そんな馬鹿な!? これは異能よ!? 糸ではなく意想で人形を装っているのよ! そんな非常識が……!」

「非常識だからこそ異能は異能たり得るのです。違いますか、ジョン?」


 私はジョンの方を見る。人形をいくら破壊したところで、メイガス本体を傷つけることはできない。しかしジョンの異能で出現する異次元のナニカは、そんな当たり前の常識を無視する。実際にメイガスの肉体に傷を負わせたかどうかは分からないが、確かにダメージは与えている。しかし当のジョンはけろっとした顔で肩をすくめる。


「う~ん、たぶんそうじゃない? 僕もこれがなんなのか、よく分かってなくてね。便利な道具くらいにしか思ってないけど、メアリーのお望みだ。僕としてはそれを全身全霊で叶えたい」


 ――何か音がした。石と木とレンガとその他諸々に刃が滑り込む音。たぶん、土台をざっくりと切ったのだろう。音が連続していく。下から上へと上がっていく。


「なんだ!? 何をした――!」


 狂乱したメイガスが吠える。


「解剖――ううん、人間じゃないから、単に解体工事」


 壁に凄まじい勢いで無数の切れ目が走る。天井にも。そして次の瞬間、全てが同時に崩れ去った。悲鳴は一人だけ。ジョンは無関心な顔で立ったまま、そしてようやく拘束から自由になった私は、悠然と椅子に腰かけたままだった。





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