第37話:彼女たちは殺してもよい





 ようやく解放されて椅子に座りなおす私を見ながら、ジョンがわざとらしい明るい声で言う。私が暴力を振るわれたのが不快なのだろう。


「でも、心が動いたでしょう?」


 ヴァイオレットは楽し気にジョンに近寄る。


「いずれにせよ、論より証拠ね」


 その指がジョンの首輪をなぞる。


「――おや」


 ややあってから、ジョンは驚いた様子で首を撫でる。


「本格的な解除じゃないけど、即席でもこれくらいはできるわ。論理とは人が構成したもの。人が作ったもので人に壊せないものはないわ」


 どうやらヴァイオレットは、ジョンの首輪の論理に干渉したらしい。


「どうだろうか? 君が我々の陣営に加わるならば、アウトカムがつけたその首輪をはずすと約束しよう。君は早晩本当の意味で自由の身だ」


 自信たっぷりなセーブルを無視して、ジョンは私の方に顔を向ける。


「メアリー、ご感想は?」

「驚くには値しませんね。あなたは第一級推定犯罪者である理由は殺人嗜好症と異能故です。あなたの論理についての知識も実力も卓越とは分類されませんでした。アウトカムはその首輪であなたを充分制御できると判断しています。何よりも――」


 私はジョンに笑いかける。


「私がここにいます。あなたを制御するのは首輪ではなく私です」


 ジョンは論理については素人だ。彼がメイガスレベルの論理の使い手なら、さらに複雑な論理による逃走防止用の拘束が施されただろう。私の笑みに対するジョンの反応は拍手だった。


「まさにその通りだ。メアリー、君は自分の価値がよく分かっている」


 結果的に蚊帳の外にされたセーブルが、再び口を開く。


「アウトカムは所詮、評議会の言いなりの組織だ。評議会はレイヤードに何を与えてきた? 抑圧、規制、洗脳。およそ都市の管理者として彼らは相応しくない」

「危険思想ですね。今のあなたの精神純度は著しく低下しています」


 私が反応すると、セーブルはこれ見よがしに嘲笑する。


「見なさい、レイヤードの権力構造の寄生虫。評議会の哀れな飼い犬。これがアウトカムの本当の姿だ」


 セーブルはこれ見よがしにジョンに手を差し出す。


「私はメイガス。私たちは都市に新秩序をもたらす。検閲された自由ではなく、己の本能を偽らずに形にできる世界。それを共に実現するだけでなく、一足早く体験してみないだろうか?」


 犯罪者にも、推定犯罪者にも、その心の奥底にある欲望そのものに語り掛けるようなセーブル――いやメイガスの言葉。ジョンは彼の手を取ることなく目を閉じた。セーブルの言葉を反すうしているかのように。恐らくメイガスは、ジョンの心をあと少しでこちらに引き込めると思っているのだろう。


「本能を偽らずに――ねえ」


 ジョンが目を開く。


「僕はずっと探してるんだよ。自己――目には見えないそれを、この手に掴む方法を。そうすれば、僕は無上の満足を味わえると信じている」


 その目はメイガスを見ているようで見ていない。自己の欲求にのみ陶酔する、サイコパスそのものの視線だ。


「君は、それを僕に与えられるのかい?」


 挑戦的なジョンの言葉にメイガスは応じる。


「ジョン・ドウ。君が殺人嗜好症であることを我々は知っている。人を殺さずにはいられない暗い衝動。どうしても満たされないのだろう?」


 訳知り顔でメイガスはことさら明るい声を上げる。


「そんな君に朗報だ」


 メイガスが何も合図せずに、申し合わせたようにそれまで周囲に控えていたメイドたちが進み出てくる。


「彼女たちは殺してもよい」





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