第36話:いつだって君は犯罪者たちの中にあって気高く咲いている
◆
屋敷の一階。よく手入れされた庭が見える客間に私たちはいる。テーブルに置かれたチョコレートケーキを切り分ける壮年の男性がいる。彼はセーブルと名乗った。外見は人間だが、メイガスの操る人形だ。もっとも、そのことに私は言及しない。メイガスについて、今の私が知っているはずがないからだ。表面上、私は何も知らない振りをする。
椅子に座った私の両脇にはあの少年と巨漢が立っている。明らかに威圧目的だ。少し離れたところにヴァイオレットが座り、その隣に先ほどやってきたジョンが座っている。
「どうぞ、召し上がれ」
セーブルがケーキの乗った皿を私たちの前に置く。
「うん、いただきます」
ちゅうちょなくフォークで口に運ぶジョンだが、私は手をつけない。
「あれ? 食べないの?」
ジョンがいぶかしげな顔をし、セーブルが薄く笑う。
「心配しなくても、毒など入っていない」
「あなたがそう言っても説得力に欠けますね」
セーブル――メイガスは私が怯えていると思っているのだろう。
「なら交換しよう。これで大丈夫」
ジョンがそう言うと、私のケーキと自分の一口食べたケーキを交換する。
「ジョン、私に気遣いは無用です。そもそも、今回私は部外者です。どうぞ遠慮なく親交を深めて下さい。――無意味ですが」
一言嫌味を付け加えると、両脇の少年と巨漢が顔を見合わせてから身じろぎする。軽い脅しだろう。
「二人とも、行儀良くしなさい。不作法よ」
しかし、ヴァイオレットが一言そう言うと、すぐに二人は姿勢を正した。
「ほう、躾が行き届いていて結構ですね」
私は目の前のケーキにも紅茶にも口をつけずに足を組みなおした。意図が不明のティーパーティにあっても冷静でいられるのは、一応これをゲームの中のイベントで体験しているからだ。
「ブラボー、メアリー・ケリー。いつだって君は犯罪者たちの中にあって気高く咲いている。僕は実に嬉しいよ」
一方でジョンは、そんな私を見て嬉しそうに拍手する。けれどもすぐに笑みを消し、セーブルの方を向く。
「で? 僕に用なんだ。何? 一応聞いてあげるけど」
ジョンの口調は明るく朗らかだがよそよそしい。一見するとこの状況を楽しんでいるようでいて、内心では無関心なのがよく分かる。彼はメイガスになんの価値も見出していない。
「率直に言おう。我々は君を受け入れる準備ができている。アウトカムを抜け、共に来る気はないだろうか?」
セーブルが即座に本題に入った。明らかに彼はこの状況でイニシアチブを取ろうしている。
「魅力的なお誘いだね」
ジョンはにっこりと笑ってテーブルに両肘を乗せる。
「でもほら、僕ってこんな首輪が付いてるんだ。困ったことにね」
ジョンの指が自分の首をなぞる。そこには論理の施術の痕跡がチョーカーのようにして刻まれている。
「我々がそれを外せる、と言ったら?」
すかさずセーブルが提案してきた。彼にとっては理想通りの展開だろう。私は口を挟む。
「その証拠は?」
ヴァイオレットが合図すると、私の両手が少年と巨漢によってテーブルに押しつけられた。
立ち上がったヴァイオレットがぬいぐるみを近づける。論理の媒体――装具か。
「典型的な官吏の使う構文ね。でも評議会直々のものではないわ。理学協会の教授陣が制作した論理ね」
私の心臓に施術した論理を解読したらしいヴァイオレットが、勝ち誇った顔で笑う。私が無言でいると、さらに追い打ちしてくる。
「沈黙は肯定と見なすわよ?」
先ほど私が少年と巨漢に対して言った言葉をそのまま返してくる。あの運転手がメイガスの操る人形だったのか、二人の服に通信機かその類の論理が施術してあるのか。
「おや、一本取られてしまったようですね」
私はそっけなく言う。
「盛り上がっているところ悪いけど、僕はまだ君たちと一緒に行くなんて一言も言ってないけどなあ」
◆
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます