第36話:いつだって君は犯罪者たちの中にあって気高く咲いている





 屋敷の一階。よく手入れされた庭が見える客間に私たちはいる。テーブルに置かれたチョコレートケーキを切り分ける壮年の男性がいる。彼はセーブルと名乗った。外見は人間だが、メイガスの操る人形だ。もっとも、そのことに私は言及しない。メイガスについて、今の私が知っているはずがないからだ。表面上、私は何も知らない振りをする。


 椅子に座った私の両脇にはあの少年と巨漢が立っている。明らかに威圧目的だ。少し離れたところにヴァイオレットが座り、その隣に先ほどやってきたジョンが座っている。


「どうぞ、召し上がれ」


 セーブルがケーキの乗った皿を私たちの前に置く。


「うん、いただきます」


 ちゅうちょなくフォークで口に運ぶジョンだが、私は手をつけない。


「あれ? 食べないの?」


 ジョンがいぶかしげな顔をし、セーブルが薄く笑う。


「心配しなくても、毒など入っていない」

「あなたがそう言っても説得力に欠けますね」


 セーブル――メイガスは私が怯えていると思っているのだろう。


「なら交換しよう。これで大丈夫」


 ジョンがそう言うと、私のケーキと自分の一口食べたケーキを交換する。


「ジョン、私に気遣いは無用です。そもそも、今回私は部外者です。どうぞ遠慮なく親交を深めて下さい。――無意味ですが」


 一言嫌味を付け加えると、両脇の少年と巨漢が顔を見合わせてから身じろぎする。軽い脅しだろう。


「二人とも、行儀良くしなさい。不作法よ」


 しかし、ヴァイオレットが一言そう言うと、すぐに二人は姿勢を正した。


「ほう、躾が行き届いていて結構ですね」


 私は目の前のケーキにも紅茶にも口をつけずに足を組みなおした。意図が不明のティーパーティにあっても冷静でいられるのは、一応これをゲームの中のイベントで体験しているからだ。


「ブラボー、メアリー・ケリー。いつだって君は犯罪者たちの中にあって気高く咲いている。僕は実に嬉しいよ」


 一方でジョンは、そんな私を見て嬉しそうに拍手する。けれどもすぐに笑みを消し、セーブルの方を向く。


「で? 僕に用なんだ。何? 一応聞いてあげるけど」


 ジョンの口調は明るく朗らかだがよそよそしい。一見するとこの状況を楽しんでいるようでいて、内心では無関心なのがよく分かる。彼はメイガスになんの価値も見出していない。


「率直に言おう。我々は君を受け入れる準備ができている。アウトカムを抜け、共に来る気はないだろうか?」


 セーブルが即座に本題に入った。明らかに彼はこの状況でイニシアチブを取ろうしている。


「魅力的なお誘いだね」


 ジョンはにっこりと笑ってテーブルに両肘を乗せる。


「でもほら、僕ってこんな首輪が付いてるんだ。困ったことにね」


 ジョンの指が自分の首をなぞる。そこには論理の施術の痕跡がチョーカーのようにして刻まれている。


「我々がそれを外せる、と言ったら?」


 すかさずセーブルが提案してきた。彼にとっては理想通りの展開だろう。私は口を挟む。


「その証拠は?」


 ヴァイオレットが合図すると、私の両手が少年と巨漢によってテーブルに押しつけられた。


 立ち上がったヴァイオレットがぬいぐるみを近づける。論理の媒体――装具か。


「典型的な官吏の使う構文ね。でも評議会直々のものではないわ。理学協会の教授陣が制作した論理ね」


 私の心臓に施術した論理を解読したらしいヴァイオレットが、勝ち誇った顔で笑う。私が無言でいると、さらに追い打ちしてくる。


「沈黙は肯定と見なすわよ?」


 先ほど私が少年と巨漢に対して言った言葉をそのまま返してくる。あの運転手がメイガスの操る人形だったのか、二人の服に通信機かその類の論理が施術してあるのか。


「おや、一本取られてしまったようですね」


 私はそっけなく言う。


「盛り上がっているところ悪いけど、僕はまだ君たちと一緒に行くなんて一言も言ってないけどなあ」





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