第34話:メアリーはどんなことがあっても無事に取り戻すよ
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「さて、親愛なるメアリー・ケリー捜査官。君はいったいどこに行ってしまったのかな?」
ハロルドを連れて事務所の外に出たジョンは、まるで散歩中のようにリラックスしている。メアリーがいない今、自分の首輪として施術された論理を停止させる術はない。近いうちに脳が壊死するというのに、まるで焦る様子がない。
「鬼ごっこだね、これは。こういうのも悪くない。待っててほしい、君を捕まえてあげよう」
気楽にそう言うジョンだが、ふと立ち止まり顎に手を当てる。
「いや、でも、僕としてもこれは失策だ」
良心の痛みというものを一切持ち合わせないジョンでも、何か悩むことがあるらしい。しかし、彼のろくでもない思考を妨げることが起こった。
突然、こちらを見張っていたようなタイミングで、ジョンとハロルドの前に一台の車が止まった。こちらからでは、後部座席に人の有無は確認できない。運転席の側のドアが開き、中から出てきたのは典型的なメイドの服装をした一人の侍女だった。完璧な一礼の後、彼女は顔を上げる。
「突然失礼いたします。ジョン・ドウ様ですね?」
「ん? 誰だい? 僕は君を知らないなあ」
春風駘蕩、といった調子でジョンは応える。のんきな良家のお坊ちゃんのような言動だ。その仮面の裏に隠れているのは殺人鬼という言語道断の代物なのだが。
「私めの主人が、あなたをお待ちです。お一人でご乗車を」
「う~ん、困るなあ。僕はアウトカムの目の届くところにいないと……」
その時だった。
「――心配しなくていいよ。僕が代わりにいるから」
ドアが開き、後部座席から降りてきたのは、ジョンその人だった。
「おや、僕に生き別れの兄弟がいたなんて驚きだね」
わざとらしく驚く本物のジョンに、偽物のジョンは彼そっくりに笑ってみせる。明らかな異常事態に、ハロルドはメイドに詰めよる。
「一つ聞く。ケリー捜査官は無事か?」
「ジョン・ドウ様の協力次第です」
顔色一つ変えずにそう言うメイドに、ハロルドは苦い顔をした。しかし、本物のジョンは彼の肩を軽く叩き、車に近づく。
「じゃあ、行ってくるね。後はよろしく、ハロルド捜査官」
「おい待て!? 本気か!?」
ジョンの肩を掴もうとするハロルドだったが、彼はするりと蛇のようにその手をすり抜けて振り返る。
「大丈夫。この人は僕に用事があるみたいだからね。メアリーはどんなことがあっても無事に取り戻すよ」
そして、不気味なことに彼は少しだけ恥ずかしそうにこう続けた。
「だって、僕はメアリーを守るって約束したんだ。約束は守らないと、ね」
その言葉がどれほど身勝手か、ジョンはまったく気づいていない様子だった。
――ジョンを乗せた車が走り去り、後に残されたのは困惑したハロルドと、ジョンの偽物だった。
「どうするんだよ、偽物のこいつ……」
頭に手をやって嘆くハロルドを前に、偽物のジョンは本物そのものの空気を読まない発言をする。
「気にしないで。僕はちゃんと本物そっくりに振る舞うからさ」
「だから困るんだよ……」
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