第33話:僕を処分するかい?





 そのメアリーが、行方不明になっただと? 気がついたらデッサン人形みたいなものと入れ替わっていただと? 真っ先に疑われて然るべきジョン・ドウは少しも動揺していない。メアリーのことが心配で。ハロルドは目の前のこの男を殴りつけてやりたい衝動を懸命にこらえた。あんないい子が、このサイコパスによって振り回されている。


「……どうしてそんなに落ち着いているんだ? 君の首にはメアリーしか更新できない論理があるのを忘れたのか!? このままだと君は脳が壊死して死ぬんだぞ!」


 もしメアリーを殺害していたなら、ジョンはもうおしまいだ。ならばどこかに監禁しているのか? 必死なハロルドに対し、ジョンは完全に他人事の顔で言う。


「あ、そう。そうだろうね。まあ、運が悪かったと思って諦めるさ」


 犯罪捜査官であるハロルドは直感した。本気で――この男は自分の生死に無関心だ、と。しかし、次の瞬間ジョンは亀裂のような笑みを浮かべた。


「ああ、それとも。どうせ死ぬなら最期に目一杯アーティストとして創作活動に邁進しても――」

「ジョン・ドウ!」


 もう限界だった。ハロルドはジョンを椅子から蹴り飛ばした。無抵抗で床に転がるジョンの額に、ハロルドは銃口を押し当てる。


「僕を処分するかい?」


 殺意を向けられてなお、殺人鬼の声に恐怖はなかった。


「引き金を引けないってたかをくくってるだろ。俺は評議会にコネがあってなあ。君をここで処分してもお説教程度で済むんだよ」

「じゃあ、メアリーに遺言を伝えて欲しいな。『君に会えて本当に嬉しかったよ』ってね。あ、それと『イカスミパスタを作る時はトマトは入れすぎないように』。これは大事だからね」


 にこにこ笑ってジョンはそう言った。強がりではない。心の奥底から、ジョンはメアリーにそう伝えたいのだ。それが遺言であることに、なんの後悔もない。


「……本当に気色悪いな、君は」


 ハロルドは理解してしまった。ジョンは犯人ではない。少なくとも今のところ、メアリーを傷つける気はない。ハロルドはジョンを引っ張って立たせると、苛立ちつつも手錠をはずした。


「今は一人でも助けが欲しい。メアリーは絶対に見つける。あいつがいない時に誰か殺してみろ。二度とあいつには会えないからな!」


 そう怒鳴るハロルドの顔を、穴の空くほどジョンは見ていた。しかし、少しずつその唇が吊り上がっていく。


「あはっ! あははっ! あははははっ!」


 何がおかしいのか、ジョンは突然大笑した。背筋の寒くなる笑い声だ。人間の血と肉と骨と臓物に飽食した人喰い鮫が笑うとしたら、きっとこんな声で笑うのだろう。


「分かってるじゃないか、ハロルド捜査官! 今の言葉の方がよっぽど僕を拘束する手錠になるよ!」


 ひとしきり笑ってから、ジョンは上機嫌な様子でウインクしてみせた。


「さっきのは冗談だよ。創作に締め切りは不可欠だけど、量より質が大事なんだ。参考になった?」


 ハロルドは本気で吐き気がした。こんな怪物とメアリーは毎日一緒にいるのか。





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