第32話:アウトカムを舐めるなよ、推定犯罪者





「――それで? 君の証言が本当だとすると、ケリー捜査官は君の目の前でこうなったんだ。本当に?」


 同時刻、アウトカムの事務所でジョンとハロルドが椅子に座り、向かい合わせで話している。


「うん、そうだよ」

「……はあ」


 ハロルドはため息をついた。子供ほどの大きさのデッサン人形のようなものが、バラバラになって床に転がっている。


「君はケリー捜査官の隣にいたのに分からなかったのか。彼女の報告によると、君は人体にとりわけ関心を抱いているそうじゃないか。君はアレかい? 人間と人形の区別がつかないくらい近眼なのかなあ?」


 皮肉を交えてハロルドはジョンにそう言うのだが、肝心のジョンはまったく傷つく様子もなく、少しだけ困った顔で笑うだけだ。


「あはは、面目ない。しかし驚いたよ。本当にこうなるまでメアリーとしか見えなかったんだ。匂いも同じだった。知ってるかい? 彼女の肌の香りはまるで煎ったアーモンドのようだ。きっとチョコレートのような血の匂いと実によく絡むだろうね。フォンデュはお好きかな?」

「あ、おじさんそういうの分からないし分かりたくないから」


 ハロルドはジョンに乗せられまいと気を引き締める。第一級推定犯罪者と会話する際には、どれほど注意しても注意しすぎることはないはずだ。それにしても、とハロルドは内心頭を抱える。メアリーがいつの間にか人形と入れ替わっていた? 異能か論理の一種を用いて? いや、それよりもジョンがとうとう暴走し始めたと考えた方が適当か?


「これ、はずしてくれないかなあ」


 ジョンがおもむろに両手を上げた。その手首には手錠がかけられている。それも当然だ。普通、メアリーが何者かに異能で誘拐されたと考えるよりは、ジョンを容疑者とする方が常識的だ。


「ねえ、僕をここに拘束しても無意味だと思うけど」


 無神経なジョンの物言いに、とうとうハロルドの堪忍袋の緒が切れた。


「おい、ジョン・ドウ」


 ハロルドは立ち上がるとジョンに詰めよる。


「アウトカムを舐めるなよ、推定犯罪者」

「急にどうしたんだい、ハロルド・ギボンズ捜査官。僕はただ、捜査に協力したいだけだよ」


 歯ぎしりする彼を見ても、ジョンは少しも動揺しない。いつものように人の良い笑みを浮かべているだけだ。


「黙れ、それ以上しゃべるな」


 ハロルドの脳裏にメアリー・ケリーの姿が思い浮かぶ。アカデミーを優秀な成績で卒業した犯罪捜査官。いつも真面目で四角四面だが、不思議と他のエリートが持ち得ない優しさを見せる時がある。アッシュブロンドの長髪に、過労に負けない細身の体。紳士的な視点でしかハロルドは彼女を見ていないが、冷静で知的な美人だとはっきり断言できる。





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