第29話:私は、あなたを一個の責任感を有する人格として扱います
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仕事を自宅にまで持ち込むのはあまり誉められたことではないかもしれない。でも、アウトカムの捜査官は多忙だ。こんなことはしょっちゅうだ。自宅の一室で、私は事務所から持ってきたレポートをチェックしている。
「メアリー、何を見ているんだい? 僕は退屈なんだけどなあ。構ってくれてもいいんじゃないかい?」
忙しい私とは対照的に、ルービックキューブをいじるジョンは相変わらずマイペースだ。テーブルの上には既に完成されたものがいくつか並んでいる。
「あなたの情緒を満足させるよりも優先するべきことが山積みですので」
「おやおや、じゃあ僕は君のサポートをしてあげよう。とっておきのディナーでね」
私はつい口元が緩むのを隠した。
「あまり調理に時間はかけないで下さい。味と量については及第点です」
ジョンとバディを組んでから唯一よかったこと。それは私の食生活が大幅に改善されたことだ。上級市民御用達のレストランで出されるような料理が、自宅のキッチンから出てくるのだから嬉しいのは本音だ。ジョンも殺人鬼なんかやめてシェフになればいいのに、と思ったりする。
「うん。いやあ、君に誉められると俄然モチベーションが上がるよ。期待してね」
素早くジョンの両手が動き、ルービックキューブがたちまちまた一個完成する。
「――それは?」
ジョンの視線が私の見ているレポートに注がれる。
「先日アウトカムに提供された、廃棄地区で発見された異能の一覧です」
「ふうん。異能ねえ。別にわざわざそう呼ばなくても、論理の一種でいいんじゃないかな?」
ジョンの異能に対する理解は、情報を統制されている一般の市民と変わらない。
「異能はレイヤードの秩序を乱します。個人がある日突然、理学の修得なしで手にする超常の能力。大変危険です」
「僕も?」
無邪気に自分を指差すジョンに私は警告する。
「あなたはその殺人嗜好症故に第一級推定犯罪者に分類されていますが、あなたの異能も評議会は危険視しています。適切に運用できなければ――処分するべし、と」
実際、評議会がジョンを野放しにしているのは明らかに異常だ。こいつの異能は異次元からの干渉という、防御や回避ができないどころか、知覚さえできないという不条理なものなのだ。
「君の判断はどうかな? ぜひ聞きたいよ」
「私は、あなたを一個の責任感を有する人格として扱います。あなたが好き放題に異能を振り回すようでは、アーティストと呼ぶに値しない幼児として扱いましょう」
毎回私は口頭でジョンに警告するしかできない。こいつが異能を使えば、どんな人間も血塗れのオブジェに早変わりだ。
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