第28話:ますます君のありのままを見たくなる





「メアリー、君はきっと最高のキャンバスになってくれる。見て、触って、嗅いで、僕はそれを確信しているんだ。君の全てを、余すところなく知りたい」


 ジョンの言葉に私はうんざりしていた。彼は人の話をまったく聞いてない。


「私の満足を無視して自分の満足だけに夢中とは、あなたは大きな子供同然ですね、ジョン」

「なら、君が満足を感じる瞬間はいつだい?」


 ジョンがようやくコミュニケーションを取り始めたので、私は徹底的に理詰めで論じる。


「レイヤードの秩序を維持した時。そして――」


 再び私の頬に伸びる手を、私はそっと払いのけた。


「ジョン。あなたを正常な一市民にした時、私は満足を実感することでしょう」


 返ってきたのは――哄笑だった。


「あはっ! あははっ! あははははっ!」


 身の毛もよだつようなジョンの笑い声が事務所の一室に響く。私は耳を塞ぎたくなるのを懸命にこらえた。もしそうしたらこいつに侮られる。侮られた先に待っているのはバッドエンドと大差ない惨殺だ。私の内心の恐怖に気づかないらしく、ジョンは心から幸福そうに大笑いする。


「メアリー! ああメアリー! 君は……本当に君は素晴らしい! それじゃあ、僕と君の満足は永遠に両立不可能じゃないか! いいね、とてもいい! なんて甘美な束縛だ! ぞくぞくする!」


 そうだ。こいつは私に執着している。私を殺したいと思っているくせに、私に幸せになって欲しいと本気で思っているのだ。なんて歪んだ人格だ。


 だから私ははっきりとこう言ってやったのだ。お前の殺人嗜好が治らない限り、私は満足できない、と。それなのに、ジョンは自分が否定されているというのに、なぜこんなに幸せそうなんだ?


「ねえメアリー。この感情はなんだろうね?」


 ひとしきり笑い終えてから、ジョンは猫なで声で私に言う。


「君と一緒にいると、自己の探求よりも素晴らしいものがあるような気がするんだ。不思議と満足できる。メアリー、この心の高鳴りは何か、君は知っているかい?」


 私は即答した。


「見当もつきません。私の管轄外です」

「あははっ! 相変わらずシニカルだなあ、メアリーは。でも――そんな君も魅力的だ。ますます君のありのままを見たくなる」


 ジョンに興味を持たれてもろくなことにはならない。せっかく休憩したのに、かえって精神的に疲れた。私はジョンの執着から抜け出そうと、話題を変えた。


「そんなことよりジョン、私たち宛てにガラテアから感謝の手紙が届いています」


 しかし、あれほどガラテアに親身に接していたにもかかわらず、ジョンは一瞬で興味のない目になった。


「ああ、適当に返事しておいて。僕は今のところ、あの子に関心はないから」


 ジョンは本心からそう言っていた。著しい共感能力の欠如。社会性皆無の本性を、社交性溢れる外面で隠した人でなし。他人は全て舞台の上のキャラクターだ。……だが、ジョンのあの言葉。私は分かっている。ジョンの胸の高鳴り。



 それは身勝手極まる「溺愛」の感情だ。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る