第27話:人体をキャンバスと絵の具にして描きたいのさ
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事件は解決した。コナーは推定犯罪者としてではなく、脅迫と精神的暴行の件で刑務所に送られた。きれいさっぱり記憶と情動の一部を切除されることだろう。ひどく怯えていたが、それも当然だ。奴は異能でジョンの心の中を探ろうとしたのだ。サイコパスの狂った思考を直視して正気でいられるわけがない。
何よりも、コナーは捜査官に抵抗したのだ。レイヤードでは重罪だ。かくして、私のジョンを伴った最初の犯罪捜査は、文句なしの成功で終わったのだった。
「ねえメアリー、僕は待っているんだ。何を待っているか分かるかな?」
アウトカムの事務所の一室で報告書をまとめていた私に、ジョンが話しかける。
「ジョン、あなたは勘違いをしているようですね」
椅子から立ち上がってコーヒーを煎れる私を見て、ジョンは小皿にクッキーをいくつか乗せていく。少し休憩にしよう。
「あなたはアウトカムの備品です。備品は備品らしく、従順に私の捜査に協力していればいいのですよ。感謝、ねぎらい、賞賛。そんなものをあなたが必要としているとでも?」
「つれないなあ。僕のモチベーションを上げたいと思わないのかい?」
「少しも」
ジョンは私のそっけない返事にも、嫌な顔一つせず小皿をテーブルに置く。
「これからも推定犯罪者として更生に努めることです。あなたが協力的ならば、評議会への報告でマイナスの評価はしません」
立ったままクッキーをつまむ私の顔を、ジョンはじっと見つめる。
「君は――僕が更生してレイヤードの健全な市民になる、と期待しているのかい?」
そう来たか。ジョンの反応がどんなものであれ、私は彼との会話でイニシアチブを取り続けなければならない。
「ええ、当然です。まさか、あなたは自分がシリアルキラーの推定犯罪者であることを、ちっぽけなアイデンティティにしてはいませんよね?」
シリアルキラーとして怖れられることで承認欲求を満足させる奴ならば、今の発現に図星を突かれて怒るはずだ。しかし、ジョンはほほ笑んだだけだ。
「メアリー、君はとても綺麗な瞳をしている」
いきなり話題が変わった。彼の手が伸びて、そっと私の頬に触れた。男性にしては細く繊細な指先が、まるでくすぐるように私の頬の輪郭をなぞる。
「ジョン、私はスキンシップは望みません」
「肌のつやも健康的だ。それに――」
ジョンの手が頬から移動し、私の髪を指先でかき上げる。手櫛と呼ぶにはあまりにも情感がこもっている。
「キューティクルが痛んでいない髪の毛も合格だ。どんな天然のシルクよりも素晴らしい」
私はため息をついて、コーヒーカップを机に置く。
「ジョン。私はあなたの手つきがセクシュアルではないので許しています。しかし、これ以上は慎みなさい」
注意しても、くすくすと笑いながらジョンは私の髪を指で弄ぶ。相当気に入ったらしい。
「僕はいつだって――自己を探求している。その手段は何か分かるかい? 他人を知ることによってだよ」
知るか。お前の持論は一方的すぎる。
「でも、自己とは無形で掴みがたい。だから代替として――」
ジョンの指から髪の毛がすり抜けた。
「人体をキャンバスと絵の具にして描きたいのさ。その先に――その芸術の追究の先に自己が見えてくるはずだ。僕だけの満足が待っている」
改めてぞっとした。ジョンの言葉には、本物の殺人鬼だけが有する人を人と見ていない冷酷さが宿っていた。
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