第25話:ガラテアを堕落させるような奴は一人も許さない





 自分のマネージャーが豹変するに飽きたらず、レイヤードではあってはならないとされる異能まで使い出したのだ。ガラテアがショックを受けるのも無理はない。


「そりゃ決まってるだろ。俺には――才能がなかったからさ」


 一瞬だけコナーの顔が正気に戻る。「才能がない」と言うその言葉は、それまでの狂乱が嘘のように悲哀に満ちていた。


「努力しても、勉強しても、俺に歌の才能はないというレイヤードの判断は覆らなかった。ステージに立てなかったんだよ、俺は! 俺より努力してない、親と金とコネに恵まれた奴が喝采を浴びる時、どれだけ俺が悔しかったか分かるか!?」


 だが、その悲哀は一瞬でかき消える。再びコナーは無意味な怒りに満たされて叫ぶ。


「だったら、他人をそこにまで持っていけば、俺がそこにいることと同じになるって気づいたんだ。だから、ガラテアを堕落させるような奴は一人も許さない!」


 やはり――異能は存在してはいけない。私はメアリー・ケリーの思考で思う。ゲームの中ではキャラクターのアビリティでしかなかった超常の力は、人を狂気に導く劇薬でしかない。


「安心しろよ。俺は人の心どころか記憶だって操作できる。ここにいる全員も、ガラテア、お前もすべて今日のこのやり取りをなかったことにしてやる。お前は、俺の敷いたレールの上を走っているのが一番幸せなんだよ!」


 でも、ならばコナーは異能の被害者なのか。そうではない。


「一つ質問があります」


 私は二人の会話に割り込む。


「あなたの異能は精神操作と仮定します。だとしたら、なぜわざわざガラテアに脅迫状などを送りつけたのですか?」

「はははっ! もうとっくにそいつには異能を使っているさ。芸術は苦痛なくして生まれない――俺の持論だがなあ、ガラテア」


 気が大きくなっているのかそれとも自棄になっているのか分からないが、ご丁寧にコナーは説明する。


「お前は両親にそれを言われて育ったと思っているな? 残念。それは――俺がお前に植え付けた記憶だ」


 今度こそ、ガラテアの目が泣きそうなくらいに大きく見開かれる。


「な、なんで……!」

「決まってるだろ? レイヤード一の歌姫を作り出すためさ! 感謝しろよガラテア! お前は俺が一から十まで育てたんだ!」


 つまり、はた迷惑な親が子供に自分の夢を叶えさせるのとなんら変わらない。異能も脅迫状も、コナーの歪んだコンプレックス解消の手段でしかない。


「ジョン」


 私は面白そうに事態を見ているサイコパスに言う。


「はいはい、なんだい?」

「もういいです。私はこれを犯行の自供と判断します。何よりも未登録の異能の発現は看過できません」


 淡々と私は命じる。


「ロバート・コナーを確保しなさい」

「了解」


 ジョンは気絶している警官を長い脚で踏み越えて、悠然とコナーに近づく。


「どけ、推定犯罪者!」


 コナーは自分から手を伸ばしてジョンに触れる。異能が発現したと私は予測する。しかし数秒後、その場に倒れたのはコナーだった。ジョンは――笑顔を浮かべたままだった。





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