第23話:芸術家気取りの推定犯罪者
◆
「おでましのようね」
離れた場所から一部始終を見ていた私は、通信機で都市警察に連絡を取る。すぐに数人の警官がこちらに向かうはずだ。ジョンの服につけている通信機は、向こうの声をはっきりと届けてくれる。
「すみません、もうそれくらいにしていただけますか」
通りの向こうから歩いてきた男性に、わざとらしくジョンは驚いた態度を取る。
「おや、君は……」
「ガラテアのマネージャーのコナーです」
すばやくコナーはジョンに言葉を続けさせない。
「そうかい。個人的に挨拶するのは初めてか。僕はジョン・ドウ。アウトカムのメアリー・ケリーの友人だよ」
「冗談はやめて下さい、第一級推定犯罪者。あなたの存在そのものがガラテアにとって有害です」
コナーは苦々しい顔になる。
「まったく、何を言うかと思えば……芸術が楽しみから生まれるだって? ばかばかしい」
ジョンの脇をすり抜け、コナーはガラテアの前に立った。
「行きますよ、ガラテア。もうこんな時間の無駄は止めましょう」
まるで娘に説教する父親のようなコナーだったが、彼の提案は受け入れられなかった。
「無駄じゃないです」
「なんですって?」
正真正銘驚愕した様子のコナーを見ながら、私は歩き出した。これは一悶着あるに違いない。
「ジョンさんは初めて、私の駄目なところを認めてくれました。苦しまなくても、歌が歌えるって言ってくれたんです。ずっと忘れていました。子供の時、どうして私が歌手を目指したのか。あの時の私は本当に楽しかった――」
ガラテアがジョンを守るように、彼を背にしてコナーの前に立つ。
「私は駄目な人間です。コナーさんには迷惑ばかりかけてしまいます。でも、ジョンさんのことは否定しないで下さい」
歌姫の心のこもったお願いに対し、コナーは無言だった。一方で笑顔のジョンは肩をすくめた。
「だ、そうだよ。マネージャーさん、どうやら方針が変わりそうだね」
明らかに人の神経を逆撫でするジョンの言葉は、まさにその場の起爆剤になった。
「ふ……ふざけるな!」
コナーがマネージャーの仮面を脱ぎ捨てて激昂した。
「お前は何も分かっちゃいない! 芸術家気取りの推定犯罪者の分際で!」
コナーはジョンにつかみかかろうとしたが、彼は「おっと」と身をかわす。
「お前に芸術の何が分かる!? 何か作ったか? 発表したか? 公開したか? どうせ頭の中で傑作を妄想するだけで、何一つ世間に見せていないだろうが!?」
通信機から聞こえてくるコナーの声に、私は吹き出しかけた。おいおい、殺人がアートのジョンにそれを言うか。
「いや、まあ、そうなんだよ。いろいろと込み入った事情があってね」
珍しく口ごもるジョンに、勝ち誇ったようにコナーはげらげらと笑う。
「こいつは傑作だ。芸術はバラと同じだ! 甘やかしても美しい花が咲くわけがない! 痛みが! 恐怖が! 苦痛がバラを美しくする! ガラテアも同じだ! それなのにお前は……俺がどれだけこいつを育てるのに苦労したと思ってるんだ!」
ガラテアを指差してコナーは叫ぶ。こいつ、本当に豹変したな。普段のあのまじめくさった顔がペルソナだとすると、相当裏でストレスが溜まってたんだな。まあ、ここ辺りでいいだろう。
「――だから、彼女に脅迫文という形でストレスを与えたのですね?」
私はそう言いながら、当然のような顔でその場に姿を現した。
◆
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます