第23話:芸術家気取りの推定犯罪者





「おでましのようね」


 離れた場所から一部始終を見ていた私は、通信機で都市警察に連絡を取る。すぐに数人の警官がこちらに向かうはずだ。ジョンの服につけている通信機は、向こうの声をはっきりと届けてくれる。


「すみません、もうそれくらいにしていただけますか」


 通りの向こうから歩いてきた男性に、わざとらしくジョンは驚いた態度を取る。


「おや、君は……」

「ガラテアのマネージャーのコナーです」


 すばやくコナーはジョンに言葉を続けさせない。


「そうかい。個人的に挨拶するのは初めてか。僕はジョン・ドウ。アウトカムのメアリー・ケリーの友人だよ」

「冗談はやめて下さい、第一級推定犯罪者。あなたの存在そのものがガラテアにとって有害です」


 コナーは苦々しい顔になる。


「まったく、何を言うかと思えば……芸術が楽しみから生まれるだって? ばかばかしい」


 ジョンの脇をすり抜け、コナーはガラテアの前に立った。


「行きますよ、ガラテア。もうこんな時間の無駄は止めましょう」


 まるで娘に説教する父親のようなコナーだったが、彼の提案は受け入れられなかった。


「無駄じゃないです」

「なんですって?」


 正真正銘驚愕した様子のコナーを見ながら、私は歩き出した。これは一悶着あるに違いない。


「ジョンさんは初めて、私の駄目なところを認めてくれました。苦しまなくても、歌が歌えるって言ってくれたんです。ずっと忘れていました。子供の時、どうして私が歌手を目指したのか。あの時の私は本当に楽しかった――」


 ガラテアがジョンを守るように、彼を背にしてコナーの前に立つ。


「私は駄目な人間です。コナーさんには迷惑ばかりかけてしまいます。でも、ジョンさんのことは否定しないで下さい」


 歌姫の心のこもったお願いに対し、コナーは無言だった。一方で笑顔のジョンは肩をすくめた。


「だ、そうだよ。マネージャーさん、どうやら方針が変わりそうだね」


 明らかに人の神経を逆撫でするジョンの言葉は、まさにその場の起爆剤になった。


「ふ……ふざけるな!」


 コナーがマネージャーの仮面を脱ぎ捨てて激昂した。


「お前は何も分かっちゃいない! 芸術家気取りの推定犯罪者の分際で!」


 コナーはジョンにつかみかかろうとしたが、彼は「おっと」と身をかわす。


「お前に芸術の何が分かる!? 何か作ったか? 発表したか? 公開したか? どうせ頭の中で傑作を妄想するだけで、何一つ世間に見せていないだろうが!?」


 通信機から聞こえてくるコナーの声に、私は吹き出しかけた。おいおい、殺人がアートのジョンにそれを言うか。


「いや、まあ、そうなんだよ。いろいろと込み入った事情があってね」


 珍しく口ごもるジョンに、勝ち誇ったようにコナーはげらげらと笑う。


「こいつは傑作だ。芸術はバラと同じだ! 甘やかしても美しい花が咲くわけがない! 痛みが! 恐怖が! 苦痛がバラを美しくする! ガラテアも同じだ! それなのにお前は……俺がどれだけこいつを育てるのに苦労したと思ってるんだ!」


 ガラテアを指差してコナーは叫ぶ。こいつ、本当に豹変したな。普段のあのまじめくさった顔がペルソナだとすると、相当裏でストレスが溜まってたんだな。まあ、ここ辺りでいいだろう。


「――だから、彼女に脅迫文という形でストレスを与えたのですね?」


 私はそう言いながら、当然のような顔でその場に姿を現した。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る