第19話:僕に拒否権は?





 ガラテアの警備は引き続き行われる。しかしそれは形だけだ。私は既に、オルタナティブ・サイコというゲームでこの脅迫の犯人を知っている。犯人はマネージャーのコナーだ。優れた才能を育てるためには苦痛が不可欠というはた迷惑な理由で、コナーはガラテアに様々な形でストレスを与えていたのだ。本当に、はた迷惑にも程がある理由だ。


 しかし、私は結論としてコナーが犯人と知っているだけだ。確かに、適当な理由でコナーを推定犯罪者に仕立て上げることはできる。でも、そんなことを何度も続けたら明らかに不自然だ。「メアリー・ケリーは直感で犯罪者を見つけ出す異能を有している」などと評議会に疑われたら私はおしまいだ。脳を摘出されて標本にされかねない。


 できるだけきちんと手順を踏んで――少なくとも、踏んだように見せかけて――コナーを捕まえなくてはいけない。


「メアリー。それにしても弱気な脅迫者さんはガラテアに飽きたか、別の理由で脅しの手をゆるめているようだね。どうだい? 何かあっと言わせるような方法で彼を釣り出してみようじゃないか。そうしないと退屈で仕方ないよ」


 別件で都市警察に顔を出した帰りのことだ。車に乗り込んだところでジョンがそう言ってきた。分からないのはジョンだ。コナーと会った時のあの発言。ジョンは一瞬で彼を犯人だと見抜いたんだろうか。それとも、イライラした私を見たくてわざと気に触るようなことを言ったのか。こいつの本心はまったく読めない。


「ええ、分かっています。これ以上は時間の無駄です」


 私はエンジンをかけながらそう言う。


「ジョン、命令です」

「何かな? 親愛なるメアリー・ケリー捜査官殿」


 助手席のジョンはにこやかに応える。


「犯人のフラストレーションが溜まるような行動を取ることにします。ガラテアと親愛な行為を人目のつくところで行って下さい」

「……はい?」


 あっけにとられたジョンの声が聞けて、私は心底痛快だった。このサイコパスでも思いつかない方法があったなんて。


「あなたの容姿は人並み以上です。適切な配役でしょう。有り体に言います、ガラテアといちゃつきなさい」


 コナーはガラテアに偏執的にこだわっている。そこにジョンがちょっかいを出せば、コナーも穏やかではいられないだろう。


「僕に拒否権は?」


 当惑した様子のジョンに、日頃のストレスが一気に晴れるのを私は感じていた。ことさら私は当然のような表情で言ってやる。


「もちろん、一切ありません。あなたは私によって運用される犯罪捜査のためのツール同然なのですから」


 まさか断るわけはないよな、と私は横目でジョンの方を見る。


「……まあいいか。いささか不愉快だけど、ほかならぬメアリーの頼みだ。やるよ」


しばらく沈黙していたジョンは、やがて諦めたように首を左右に振りながら観念した。しかし、すぐに困惑気味だった顔に笑みが浮かぶ。


 「それに――たまにはこういうのも悪くない」


 おい、なんで私を見て笑うんだ。なんだ? 私に見せつけて嫉妬させるつもりか?





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