第17話:この場にいないものとして扱って結構です





 コンサートそのものは、妨害もなく無事行われた。スタッフたちに混じって舞台裏にいる私とジョンに、一人の男性が話しかけてきた。まだ若い敏腕そうな青年だ。しかし真面目一辺倒ではなく、どこか軽薄そうな雰囲気がある。


「こんばんは、ケリー捜査官」


 彼は私に右手を差し出す。


「ガラテアのマネージャーのロバート・コナーです」

「ええ、よろしく。本日は捜査への協力、ありがとうございました」


 私たちは義務的な握手を交わす。


「アウトカムの要請であれば、全力で協力しますとも、はは。それと……」


 コナーの目がジョンの方に移り、ジョンはにこやかに手を振る。私は先手を打った。


「彼に話しかけないで下さい。この場にいないものとして扱って結構です」

「え、で、でも……」

「私はあなたの市民としての権利を守るために言っています。推定犯罪者との不必要な接触は、あなたの精神純度を劣化させる恐れがあります」


 私は有無を言わさずに言葉を続ける。理詰めで押し切ると、コナーは完全に私に気圧されたらしくうなずく。


「わ、分かりました。ケリーさんがそうおっしゃるなら」


 コナーは改めて、後片付けに従事するスタッフを見ながら言う。


「どうやら、やはりただのいたずらだったようですね。ガラテアも安心したことでしょう。ケリーさん、あなたも多忙ですからこれ以上は俺たちスタッフで何とかします」


 要するに、これ以上はアウトカムがこの件に出張ってくる必要はない、と言いたいのだろう。


「私としては、ガラテアへの私服での警護を今後も続行するつもりです」


 私が即答すると、コナーは明らかにうろたえた。


「え? それは……その……ありがたいと言うか……」

「ご心配なく。評議会によって、アウトカムの捜査官は独自の判断による捜査の続行が認められています。あなたがなんらかの不利益を被ることはありません」

「しかし……」


 普通に考えるならば、コナーにとってありがたさと迷惑さが半々だろう。アウトカムは犯罪抑止の専門家だ。自分たちより犯罪に詳しい。しかし同時に捜査官はレイヤードの市民にとって恐怖の対象でもある。何しろバックに評議会がいるからだ。捜査官の機嫌を損ねたら市民ランクを下げられかねない。それを見越して、私はなおもたたみかける。


「推定犯罪者であろうと、犯罪者であろうと、彼らに人権はありません。レイヤードの秩序は何者にも脅かされてはならないのです」


 だんだんと私もメアリー・ケリーとしての演技に慣れてきた。要するに融通の利かない権力者の走狗でいればいいのだろう。つくづく、このレイヤードの権力構造は歪んでいる。全ては評議会が狂っているせいだ。





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