第16話:君が綺麗になるのを見るのは楽しいよ
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数日後。私とジョンはガラテアのコンサートに聴衆の一人として参加することになった。アウトカムの捜査官ならば、大抵の組織に対して協力要請が通る。レイヤードで人気の歌姫のコンサートでも、一番よい場所の席が二人分用意された。上級の市民、しかも評議会直属の組織の人間というだけで、ここまでお膳立てしてもらえて素直に助かる。
「メアリー、どうかな?」
コンサートホールに出発するほんの少し前。自宅の鏡の前でジョンはほほ笑む。こいつしか似合わないんじゃないか、と思う白ずくめの礼服姿だ。ジョンは白が好きだ。それも徹底した純白が。論理の効果で染みも汚れもないそれは、潔癖を通り越して脅迫的にさえ感じる色合いだ。
「ええ、よく似合っていますよ」
私はこちらをエスコートする気満々のジョンをそっけなく評する。確かに、こうやってにっこり笑って手袋に包まれた手を差し出されたら、大抵の女性はうっとりしてその手を取るに違いない。何しろジョンは顔も態度も良い。でも頭の中は最悪だ。そっと握られた手をいつ切り落とされるか分からないようでは、到底うっとりできるわけがない。
「ああ、メアリー。ちょっと待って」
「え?」
「ペンダントはこちらの方がいいと思うな。それと……」
私のドレスのペンダントをジョンはそっと取ると、別のものと付け替える。蝶を象ったデザインのものだ。続いて櫛を持つと、手早く私の髪の形を変えていく。
「あの……ジョン?」
いつになく真剣な顔で、ジョンは私の髪に櫛を通していく。
「ごめんね。もう少し待って――うん、こうかな?」
はい終わり、と言ってジョンは、美容師のような仕草で私に鏡を見せた。
「額を出すようなヘアスタイルの方が、今夜のドレスと合っていると思ったんだ。どうかな?」
確かにそうだ。少し悔しいけどジョンの方がセンスがいい。
「ええ、ありがとうございます。この方が適切でしょう。目立ちません」
「あはっ、メアリー。君は相変わらずお堅いなあ。僕は捜査のためにしたんじゃないよ」
くるりとジョンは私の後ろに回ると、両肩に手を置く。壊れ物を扱うような手つきがかえっておぞましい。怜悧さと人なつっこさが完璧に両立したその顔が近づき、耳元で唇が動いた。
「君が綺麗になるのを見るのは楽しいよ。思ったよりぞくぞくする」
すぐこれだ。ゲームと違いジョンのステータスを見ることはできない。こいつの依存度は今どれくらいだ? 私を自分の好みに仕立てようなどという薄気味悪いことを妄想しているのか? 内心の恐怖を押し殺して、私は冷徹なメアリー・ケリーの顔でこう言った。
「あなたの個人的な関心事には干渉しません。行きましょう。遅れないように」
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