第13話:こいつ、わざとガラテアを脅したな





「安心していいよ。この手紙を書いた人、実行する気はないから」


 突然ジョンが口を開いた。テーブルに完成したルービックキューブを置く。


「ジョン、どういう意味ですか?」


 私はジョンに尋ねる。ジョンは手紙を手に取ると言う。


「退屈な内容。誰かの真似事の脅迫。意味のない暴言。三流以下の思考が透けて見えるね」


 その目は実に退屈そうだ。


「こんなのに屈してコンサートを中止したら、それこそレイヤードの市民としての評価が下がるよ」

「でも……犯人を刺激することにならないでしょうか?」


 ガラテアがジョンに尋ねる。


「全然。この文章から読み取れるのは、主に自分の劣等感だ。自分の怒りを適当に書きなぐって、相手にぶつけているだけ。対象に殺意に至るほどの激情はない」


 私は寒気がした。ジョンの目は手紙を見ているのではない。これをせっせと一人で書いていた犯人を今ここで見ているのだ。


「この段階で、犯人の精神純度はあまり低下していない。実行には移さないからね。これを書いた臆病者は書いただけで満足して、実行する度胸は持ち合わせていないんだよ。何もしなくても勝手に自滅していくだろうね」


 ジョンは心底軽蔑したような様子で脅迫状をテーブルの上に置いた。このサイコパスからすれば、確かにこんなのは幼稚園児の落書き程度にしか見えないんだろうな。


「安心してコンサートを開きなよ、歌姫さん。でも……」


 しかし、ジョンの目に光がともった。同類の匂いを嗅ぎつけたのか、それとも犯罪という禁忌にわずかな興味がわいたのか。


「文面が変わった脅迫状が送られてきたら、またここに来てほしい。こんな下らない暴言じゃなくて、『一つになりましょう』とか『もうじき幸せになれます』とか『あなたは絶対に分かってくれます』なんて気色悪い内容の脅迫状が来たら、その時はメアリーに連絡してほしい。君に『腹黒い』という言葉の真偽を、実物でレクチャーしてあげるよ」

「え、ええ。分かりました。ありがとうございます」


 ガラテアは困惑しながらも礼を言う。


「何かありましたらいつでもご連絡ください。私たちアウトカムは、レイヤードの優良な市民のために昼夜を問わず駆け付けます」


 ジョンがろくなことを言いそうにないので、私は話を打ち切った。こいつ、わざとガラテアを脅したな。


 後で説教してやろう。ただでさえ推定犯罪者との接触は、個人の精神純度を低めるとレイヤードでは怖れられているんだ。ガラテアがジョンのせいで市民ランクが下がったら、私に文句が行くんだからな。有名人らしく変装してから事務所を出て行くガラテアを、私は見送った。さて、何から始めようか。





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