第8話:君みたいな人間は初めてだ





「今日は私の個人宅に向かいます。あなたの部屋は用意してありますので」

「驚いたね。君は一軒家で一人暮らしなんだ?」

「ええ。私はアウトカムの捜査官――レイヤードの上級市民です」


 私は自分の今の社会的地位に感謝する。ここではメアリー・ケリーとしての知識と優秀さだけが頼りだ。前世らしきものの記憶など役に立たない。


「少なくとも、私はあなたの人格は尊重するつもりです。あなたはまだ、誰も殺していないのですから」


 私は窓の外の景色に目を向けながら言う。どこまでも続く積層の都市。レイヤード(層を成した)、という名前の通りだ。評議会によって管理された社会、道徳、個人――人生。前世らしきものがある私だけが、その歪さを肌で感じている。


「ふ~ん、捜査官らしくないことを言うね、君は。捜査官にとって、実際に殺人を犯した犯罪者も、これから殺人を犯すであろう推定犯罪者も同じじゃないのかい?」


 確かにジョンの言う通りだろう。この世界の捜査官にとってはそれは常識だ。でも私からすれば、犯罪を犯した人間と、犯す可能性のある人間とでは天と地ほどの差がある。


 いくらジョンが筋金入りの殺人鬼でも、まだ誰も殺していない以上、人間以下の扱いはしたくなかった。もっとも、そんなことをおおっぴらに言おうものなら評議会ににらまれるけど。


「私は捜査官です。推定犯罪者の検挙のために有効な手段を取っているにすぎません。ただし、捜査の時はあなたのことをアウトカムの備品として扱いますので」


 暗に「調子に乗るなよ」と匂わす。私が横目で見ると、大げさにジョンは肩をすくめた。


「そうかい。オーケー、僕だってせっかく外に出られたんだ。しばらくはおとなしくしているよ。備品扱いでも我慢するさ」


 しばらく、と言う台詞が気になるけど無視する。


「では、帰る前に買い物をしましょう。あなたの私服と靴を購入します。それと眼鏡を」

「眼鏡?」


 ジョンが不思議そうに首を傾げた。


「ええ。必要ではありませんか?」


 私が当然のようにそう言うと、一瞬ジョンは黙った。それから驚いた声で言う。


「……どうして分かったのかなあ。実は僕ちょっと近視なんだ。エシックスでは本を読むのに苦労してたよ。眼鏡を差し入れてくれって言ってもみんな拒否さ。金具がだめなんだって」


 やはりそうか。このあたりもゲームと同じだ。ゲーム本編でもジョンにプレゼントするアイテムで眼鏡は有効だった。しかし、まさかそれを口にするわけにもいかず、私は適当な理屈をでっちあげた。


「あなたと会った時、こちらを見る視線に近視特有のものを感じましたから。必要ならば購入しましょう」

「あははっ、一目見ただけで分かったのかい。少し君を侮っていたよ。ますます気に入ったなあ。君みたいな人間は初めてだ」

「褒め言葉として受け取っておきましょう」


 私はそう言って、ハンドルを強く握った。もしかしたら、私は出だしから失敗したかもしれない。ジョンの目に、蛇が獲物を狙う時のような粘ついた関心を感じたからだ。





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