第5話:君の肝臓と脾臓はきれいで健康的だ
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「……あはっ!」
ジョンが亀裂のような笑みを浮かべた。
「あははっ! あははははっ! 冗談だよ冗談。安心していいよ、マドモワゼル。僕は君のせいだなんてこれっぽっちも思ってないからさ」
耳障りな笑い声を響かせて、ジョンはその場を取りつくろう。なにが冗談だ。お前の発言を信頼するなんて、窃盗犯に金庫の鍵を管理させるようなものだ。
「それにしても、君みたいな可愛い女の子もアウトカムにいるんだね。握手したいけど、あいにく僕はこんな格好でね」
ジョンはにこにこ笑っておどけてみせる。まるで猛獣を縛るかのように、ベルト付きの拘束衣で身動きが取れないでいる。それでも、ジョンの顔は笑みを絶やさない。隣でハロルドが咳払いをした。本題に入らなくてはいけない。
「あなたにとって耳寄りな取引を持ってきました。これは、第一級推定犯罪者であるあなたには、願ってもない話です」
「聞かせてほしいな」
「私は今日付であなたの担当捜査官となりました。あなたには二つの選択肢があります。一つは、私の提案を拒否してこのままエシックスの最下層で終身収監されるという選択」
私はなるべく余裕を見せるため笑みを浮かべる。
「もう一つは推定犯罪者更生プログラムに則り、私に協力して犯罪捜査に従事するという条件で――ここを出るという選択です」
私の言葉に、警備員たちが血相を変えて詰め寄った。
「バカなことを言うな! アウトカム風情がどんな権限があってこいつを外に出すんだ!」
「貴様正気か!? こいつは第一級推定犯罪者だぞ! どんなことがあっても外に出せないに決まってる!」
私もそう思うよ。心から同意する。評議会は何を考えているんだ? こいつが犯罪捜査? 劇毒に劇毒を混ぜて無毒になるわけないだろうが。さらにひどい劇毒が発生するに決まっている。ジョンがエシックスから出るとはそういうことだ。
でも、私はアウトカムの捜査官だ。内心とは裏腹の態度を演じなくてはいけない。
「黙って下さい。私たちアウトカムは評議会の命令でここにいます。私たちの提案に異議を唱えるということは、評議会の決定に異議を唱えるのと同然だということがお分かりですか?」
威圧的に警備員をにらむと、すぐに二人は黙った。私はジョンに向き直る。
「もう一度聞きます。ここで一生を過ごすか、私と共に行動するか。どちらを選びますか?」
ジョンは一瞬だけ黙ったが、またにっこりと笑う。
「僕はもちろん後者を選ぶよ。君のことが気に入りそうだからね」
「おや、たったこれだけの会話で私を気に入ったのですか?」
私がそう言うと、ジョンの笑みが深くなった。爬虫類のような不気味な笑みに。
「君の体臭で分かるんだよ。君の肝臓と脾臓はきれいで健康的だ。ぜひ、腹腔から新鮮なまま取り出してみたいね。それに、君はとても形の整った眼球をしていて、瞳の奥には深い闇がある。いいね、そういう目は大好きだ。取り出してワイングラスの中に沈めれば、きっと味わい深い美酒が堪能できる。思索のお供だ」
「……それはそれは」
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