第2話:あれは――これ以上ないくらいのサイコパスだ





 レイヤードの特別収監施設「エシックス」。要するにここは刑務所であり、パノプティコンだ。建前は推定犯罪者を自発的に受け入れて、社会復帰を援助する施設だが、実際はそうではないのは火を見るよりも明らかだ。人体実験や非合法の薬物の実験場でもある。そして、私は今ここに収監されている最悪の推定犯罪者に面会に来たのだ。


 もちろん絶対行きたくはなかったのだけど、私の上司のハロルド捜査官に同行する形になっているのだから拒否権はない。


「メアリーちゃん、何度も言うようだけどさ、今回君がこのテストに抜擢されたのは、評議会の決定だからね。くれぐれも気をつけてくれよ。下手なことをしておじさんの寿命を縮めないようにね」


 私にそう言うのはハロルド・ギボンズ捜査官。アウトカムのメンバーの中では一番の古株の一人だ。外見はちょっとさえない感じの中年の男性で、いつも困ったような笑みを浮かべている。四角四面な住民が多いレイヤードの中では、言動が危ないくらいフリーダムな人だ。本人は口にしないけど、評議会ともコネがあるとかないとか。


「心得ています、ハロルド捜査官。アウトカムの一員として、全身全霊で職務を遂行する所存です」


 私は犯罪捜査官として非の打ち所がない返答を返す。これで敬礼をすれば軍隊だ。実際、私たちアウトカムの制服のデザインは軍服に近い。私の返答に、ハロルドはいつもの人当たりの良い、曖昧な笑みを浮かべる。


 それにしても、このエシックスの中は本当に気持ちが暗くなる。延々と続く似たような外見の廊下。鉄格子の中の推定犯罪者たち。通り過ぎる私たちを見て「助けてくれ! 俺は何もしていない! 犯罪者なんかじゃない!」なんて叫ぶのはまだ収監されて日が浅い人だ。エレベーターで下の階に下りるたびに、彼らの狂気はどんどん増していく。


 意味不明の数式を壁にびっしり書いている人、ひたすら虚空を見つめて誰かと会話している人、私たちを見ていきなり祈りをささげる人、何かの設計図みたいな絵を延々と描いている人――とにかく異常者だらけだ。評議会は「精神純度」という指数で推定犯罪者かどうかを判断する。下の階に行けば行くほど、それは濁り、低下していくのだ。


「いつ来ても気が滅入りますね、ここは」


 私はつい感想をハロルドに言ってしまった。ハロルドの困った顔が大慌てで真面目な顔になる。


「メアリーちゃん、それはおじさん以外に言っちゃだめだよ。この人たちは一応、社会復帰に向けて努力中ってことになってるんだから」

「しかし、こんな場所では逆効果ではないですか」

「まあ、だからこそ、評議会は今回の更生プログラムを用意したってことかもね。君がそう思うのなら、一人でも多くの推定犯罪者が更生できるよう、全力を尽くそうね」


 結局それか。分かっているけど、ため息が出るのも仕方ない。何しろこれから面会する相手が相手だからだ。あれは――これ以上ないくらいのサイコパスだから。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る