式部卿の恋わずらい

時は歌合終了後。場所は牛車の中。人は帰路につく正四位下しょうしいのげ式部卿しきぶのかみ

才色兼備、当代一二を争う美男子とされる若き式部卿は、心地よい揺れの中歌合の余韻を噛み締めていた。

近頃昇進したことで政務や何やらに追われ忙しくしていた。

正直ちょび髭大納言のことはあまり好きではない上に疲れを抱えつつ参加した歌合。さぞかし気を磨り減らすことだろうと覚悟していたのだが。


狩衣かりぎぬの胸元を強く押さえる。

――思いがけない女を見つけたものだ。


鈴を転がすような声。

庇護欲を誘う細い影。

長く艶やかな黒髪。

御簾の隙間から一瞬だけ見えた、あの姿……。


「近衛府中将の養女といったか。」


低い呟きに車輪の音が重なる。


久方ぶりに、胸が高鳴った。




山ざくら霞のまよりほのかにも

みてし人こそこひしかりけれ――紀貫之

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