歌合せ、大納言邸にて

いと、わびし。

拝啓、浄土のお父様。私は今、とても困っています。

まさか意見を求められるなんて。話が違うじゃん!



事の発端は霞の裳着から三日ほど経った日のことだった。

私の叔母にして実質の養母、霞の母親で父方の叔父 右近衛府中将の正妻、その名を白蓮。私こと桜花をいじめる張本人。

といかにも恨みがましく紹介してしまったが一応敬意を払って北の方と呼ぶことにしようか。

その北の方が私を呼び出した。

大体呼び出されたときはロクなことがないので気が進まないが、ここでゴネて行かなかったらもっとヒドいことなるのでしずしずと別館から本館への廊を渡る。

新緑の庭がきれいだけど案内役を務めるあっち方の女房はひどく早足だ。


対面して開口一番、

「遅い!」

はいはい、スミマセンね。

正直にそう言う訳にもいかないので、私が思い描いていた桜花のようにしおらしく頭を下げる。

「申し訳ございません、お方様。」

北の方はふんっと鼻を鳴らすと

「お座りなさい」

と呆気なく癇癪を引っ込めた。

おや、今日は随分と。

いつもならネチネチネチネチ言ってくるのに。そりゃもう「ネ」と「チ」がゲシュタルト崩壊するくらい。


「おまえ、霞がモノに憑かれたことは知っているだろうね。」

何それ、初耳。

「……はい。お気の毒でございます。」

とっさに答えながら気配を探ると、後ろの女房、何やら怪しい。さては私を困らせるために黙ってたな。

モノに憑かれるっていうのはつまり、風邪をひいてるってことだろう。

不本意だが、おまえ、霞が出るはずだった歌合うたあわせに代わりに行くのよ。」


うわぁ~、〝行ってちょうだい〟でもなく〝行きなさい〟でもなく、〝行くのよ〟。

口を挟む間もない確定事項なんだね。いかにも北のお方様らしいセリフ。

もちろん〝行ってくれるかしら?〟なんて疑問形のセリフはハナから選択肢に入っていない。


「大納言様の歌合だよ。おまえみたいな醜女には勿体ないけど、中将様のお顔も立てなくてはならないもの。」

中将様ってのはこの北の方 白蓮の夫、私の叔父ね。

北の方は顎をツンと上げて下目遣いで私を睨む。

「見ているだけでいいわ。くれぐれも無礼のないようにしなさい。もっとも、おまえのような醜女に目を留める殿方はいらっしゃらないだろうけどね。」


殿方、ねえ。

白蓮が考えてることはわかる。とにかく桜花わたしが霞より幸せになることが許せないのだ。

だけどその方法はまだ決まりきってない。

すなわち、邸に閉じ込めてこき使うのか、それとも目障りだからさっさと金持ちエロ親父のところにでも嫁にやってしまうか。

なぜわかるのかって、それは私がそう創ったからね。


歌合というのは合コンみたいな性格も持ってる。裳着を済ませたばかりの霞が呼ばれたのだから今回もそういうことなんだろう。


「身に余る光栄でございます。お方様のご配慮に深く、深く感謝いたします。」

私が大袈裟なほど深く頭を下げると白蓮は満足したのか、

「出ておゆき。」

顎を下げてシッシッと手を振った。

「失礼致します。」

私はもう一度頭を下げ、言われた通りにその場を後にした。





で、現在。

大納言邸にて、歌合の真っ最中。


家の恥にならないようにとしっかり着せられた立派な女房装束は身体に馴染まない。


今回は大納言様の個人的な催しらしく参加者はそう多くはない。たださすが大納言様とあってその中身は錚々そうそうたるメンバーである。

大納言様の嫡男に始まり、蔵人所別当、参議、式部卿、あと我が叔父上の上司にあたる近衛府大将。

それに釣り合う人数で大納言様の娘御を筆頭とした年頃の娘たちも参加しているようだ。みんな御簾に隠れてて見えるのは衣の裾だけだけどね。


私は部屋の隅っこで、朗々と読み上げられる歌の波に身を任せていた。

実際、ちょっとした手伝いを頼まれてあとは見てるだけでよかったのだ。

驚いたのは詠まれた和歌の意味が頭の中で勝手に読める文に変換されてきたこと。これが転生者特典というものか。らない、なんて心配は必要なかった。


ところが。

安心しきっていたところに。

魔の手が振りかかる!


「近衛府中将殿の娘御はどう思われますか?」

「!?」


判者かどなたかの麗しいお声によって、私の(便宜上の)名前が場に響き渡ったのだ。


「とても、素晴らしいお歌だと思います」

――いと、わびし。

「ほう、それはどういった点で。」

――お願いだから突っ込まないで。

「その、……」

でも奇跡って起こるものなんだね。

インプットができればアウトプットもできると。うまくできたもんだ。


『未熟な私が畏れ多くも意見を述べられるものではございません。どうかご勘弁ください。』


そう言おうと開いた口から放たれた音声は、口語とは全く違った響きだった。

こっ、これは……なんかいい感じの和歌だ、と気づいたのは一寸後のこと。

怖いほど静まり返っていたその場は、どっと盛り上がった。

「素晴らしい歌だ!」

と誰かが言う。

そんな馬鹿な、と私は心中で言う。

御簾で隠れてるのがせめてもの救い。付き添いの不苦を振り向けば感情の読めない顔をしている。こういうときはウソでも微笑んでくれよ。

あぁでも助かった……。転生チート最高。

ほっと息をついて、御簾に隠れてるけど顔に笑みを貼りつける。


なんとかかんとか、歌合を乗りきった私。

けれどもそれが、ひっそりと悩みの種をまいていようとは、思ってもいなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る