第6話 数年ぶりの識宮さん
【挿絵】
https://kakuyomu.jp/users/tanakamatao01/news/16818093079064055924
「久しぶりだね、添田くん」
おおよそ、10年振りに再会した識宮さんは綺麗な大人の女性になっていて、昔の無邪気さはなく落ち着いた雰囲気になっていた。
「...識...宮さん」
その美しい瞳、優しい笑顔は変わることなく、心を揺さぶる力を持っていた。
しかし、彼女の左の薬指に嵌められた指輪を見て...他の誰かと結ばれていたと知った瞬間、全身に喪失感が走った。
いい人と巡り会えたんだなと...良かったと彼女の幸せを願う気持ちと、ありもしない『たられば』な自分の未練深い感情が交錯し、心の中で激しい葛藤が巻き起こる。
過去の恋を引きずることで、自らを苦しめることも分かっているが、その哀しみを抑えることはできなかった。
「...久しぶり、識宮さん」
俺は今どんな顔をしているだろうか?
ちゃんと笑えているだろうか?
そんな詩的な感想を述べていると、空気を壊すように「ちょっ!お姉ちゃん!何しにきたの!?」と、風夏が扉を閉めようとする。
「ちょっ、何するの」
「折角いい空気になってたのに、お姉ちゃんが来たら意味ないじゃん!早く出ていってぇ!」
「出て行ってって、風夏を迎えに来たのよ!」
「私は一人で帰れるからぁ!」と、そんな争いがあったものの最終的には家の中に入る識宮さん。
「なかなかいいお家ね」
「そ、そうかな...」
「てか、お姉ちゃんどうやってここがわかったの?」
「それはこれよ」と、携帯を取り出す。
そこには地図が表示されており、俺の家にピンが立っていた。
「何これ」
「GPS」
「...はぁ!?私を監視してんの!?」
「当たり前でしょ。可愛い妹に変な虫がつかないようにするのは姉の勤めだから」
「いやいやいやいや、普通にめっちゃキモいんだけど。やめてくんない?今すぐ解除して。てか、私が携帯のGPS解除すればいいのか」
「ちょっと、そんなことしたらお母さんも心配するから」
「いいって!そういうの!私はもう子供じゃないの。成人してるの!分かる?」
「でもまだ高校生じゃない」
「高校生でも成人してるの。そういうのうざいって、マジで!」
「添田くんも妹がいたらきっと心配するよねー?」
「え?あぁ、まぁ気持ちはわかるかもしれないですね」
「お兄さん、お姉ちゃんに甘すぎだから。普通にやってることやばいでしょ。家まで乗り込んできてるんだよ?」
「それは風夏が全然連絡返してくれないからじゃない。男の人の家に行くなんて言って連絡返ってこなかったから誰だって心配するわよ」
「もー!!過保護うざい!男の家って言ってもお姉ちゃんのお友達の家なんだから別にいいでしょ!」
「あー、いや...別に俺と識宮さんは友達っていう仲じゃ...」
「お兄さんは黙ってて!!」
「...すみません」
「今日はここに泊まっていくから!」
「そんなのダメに決まってるでしょ!」
「なんでさ!いいじゃん別に!今までずっと恋愛を我慢してきたのに、そもそもお姉ちゃんだってお兄さんのことを信頼してるから私とお兄さんを会わせてくれたわけでしょ!ならいいじゃん!」
「じゃあ、2人はもう付き合ってるってことなの?」
「それは...まだだけど...付き合うために、もっとお互いを知るためにお泊まりするの!」
「...いやー、流石に泊まりは困るんだが」
「ほら、添田くんも困ってるじゃん。ね?今日は帰ろう?」
そうした言い合いが続いた結果...。
「...何でお姉ちゃんも泊まるの?」
「だって、風夏が泊まるって聞かないからでしょ。私も泊まるなら問題ないし」
いやいや、こっちには大有りなんだが...。
「えっと...じゃあ、俺はソファで寝るから2人は狭いかもだけどベッドで...「私は床でいいよ。風夏がソファで添田くんはベッド「お姉ちゃんはソファで私とお兄さんはベッド!」
意見が3つに分かれた。。
「...あのねぇ、風夏。分かってる?男っていうのはケダモノなの。風夏みたいな子供は簡単に食べられちゃうのよ?」
「食べられたいもん」
「...いや、食べませんよ...」
そんな言い合いをしながら、ご飯は3人で仲良く作り、食べ終わるとトランプで盛り上がる。
「はい、私の勝ち〜!2人とも弱いねぇ?罰ゲームありにすればよかったかなー」と、ドヤ顔する風夏。
「トータルは私の負けね。んじゃ、風夏、そろそろお風呂入ってきなさい。って、ここ私の家じゃなかった...。ごめん添田くんタオルとかある?」
「あぁ、えっと、3人分くらいなら大丈夫」
「...あと、ものすごく申し訳ないのだけれど、着替えとかあるかな?」
「ああ...元カノので良ければ」
「全然大丈夫。ありがとうね」
「えー!私はお兄さんの着替え借りたいー」
「風夏はどうせ持ってきてるんでしょ」
「...まぁ、持ってきてるけど。お兄さんお風呂借ります!じゃあ、私はお風呂に入ってくるけど、くれぐれも変なことしないでね?」
「しないわよ」
そうして、ドアの隙間からこちらをじっと睨んでからお風呂に入るのだった。
「...ふふっ、なんか学生時代に戻ったみたいだね」
「...そうですね。こうやって泊まったりとかは最近ないですしね」
「何で敬語なの?」
「あぁ、癖で...」
「変な癖だね」と、楽しそうに笑う。
「あの子、ずっーと言ってたのよ。次はいつお兄ちゃんくるのーって」
「あはは...そうなんですね。けど俺もびっくりです...。10年も...待ってたなんて」
「そうね。私もびっくりよ。18の誕生日の日、すぐに私にお兄ちゃんと会いたいって言い出して、俊樹に連絡したらオッケーって言ってるよって来てね。あの子、すっごい喜んでてね...」
「...そうなんですね」
「だから、ちゃんと向き合ってほしいの。もし断るにしても...ね」
「...はい。分かってます。それより...識宮さんはいいの?うちに泊まって。旦那さん心配しない?」
「あぁ、これ?」と、左手の薬指を見せる。
「...はい」
「これはただの魔除け。まぁ、正確には男避けだけど。独身だとバレると色々面倒でね。結婚してるってことにしてるの。職場の人とか、会社周りの人にはね」
「...そういう...」
ほっとしてる自分が何だか情けなく感じる。
「なんとなーくで生きてたら、いつの間にか28になってて、そろそろ私も結婚しないとなーとか思ったり」
「いい人いないんですか?」
「そもそも結婚してることにしてるしねー。添田くんの周りにいい人いない?」
「...特にいないですかね」
「そっかー。それは残念」
それからは特に何を話すわけでもなく、2人でのんびりとテレビを見ながら過ごしていると...。
ものすごい勢いで出てくる風夏。
「うぉっ、どうしたの?」
「い、いや、べ、別に...。何してたんですか?2人で?」
「テレビ見てただけだけど...」
「...そうですか。ならいいです」
そういうと、今度は俺がシャワーを浴び、最後に識宮さんが入る。
識宮さんが出てくると「お姉ちゃん!お兄さんがお風呂を覗こうとしてたよ!」と、謂れのない罪を被せられる。
「いや、してないから!」
「チラチラ見てたくせに」
「いや、気のせいだろ...」
「添田くんはそんな子供みたいなことしないでしょ」
「するから!この人見かけに寄らずどすけべなんだから!」
...朝の一件があるから否定はできない...。
そして、いよいよ寝ることになったのだが、最終的には俺がソファで寝て、風夏と識宮さんがベッドで寝るということで決着した。
せっかくの日曜日、もう少しゆっくりしたかったなーとか思いながら目を閉じるのだった。
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