第3話 10年

 初めて女の子の部屋に足を踏み入れた瞬間、鼓動は静かに高鳴り始めた。


 空間に漂う芳香が、まるで彼女自身の魅力を包み込んでいるかのように感じられた。


 煌めく飾り付けの小道具たちや、ベッドに綺麗に並べられたぬいぐるみたち、部屋全体に彼女の繊細で洗練された趣味を物語っていた。


 更に窓から差し込む柔らかな光が、部屋全体をやわらかく照らし出し、まるで異空間に迷い込んだような錯覚に陥った。


 ここはまるで彼女自身の魅力や内面を映し出す魔法のような場所であり、その美しさにただただ圧倒されるばかりだった。


「うおー!これが識宮の部屋!クンカクンカ!」と、文学的表現をしながら酔いしれた空気をぶち壊しながら俊樹が部屋に入ってくる。


「変なことしたら舌を抜くから」と、いつものように毒を吐く同じクラスの女子である御幸みゆきさんが続く。


「俊樹きんもーw」と、ギャルっ子の秋吉さんが手を叩きながら楽しそうに笑う。


「あっ、お邪魔します...」と、申し訳そうに識宮さんに頭を下げているのは高校時代の俺である。


「はい!お邪魔されました!」と、いつも通りの笑顔で返答する識宮さん。


 いつも通りの自信に満ち溢れた笑み。

可愛くて、明るくて、ポジティブで、優しくて...クラスにそんな子がいて恋心を抱いてしまうのはひどく当たり前だった。


「てか、なんで園田がいんのー?」


「園田じゃなくて添田だから!人の名前間違えんな!ちなみに千は俺の親友だからな!なので今日はゲストとして参加してもらったんだよ!」


「...よろしくお願いします」


「お見合いかよ!」と、見事に識宮さんに突っ込まれる。


「ふーん?そうなんだ。んじゃ、新入りくん。一発ギャグ行ってみよーか」


「へ!?」と、全身から冷や汗が流れ始める。


「ちょいちょい!無茶振りやめろよ!」


「いやいや、このグループに入るっていうことはお笑い偏差値60はないと無理だから。つーことで、行ってみよー。3.2.1」


 その時のことは思い出したくもない。

まぁ、結果から言えば俺は2度とこの会に呼ばれることはなかった。


 多分、識宮さんや俊樹は呼ぼうとしていたのだが、あの2人によって阻止されたのだろう。


 そうして、一生分の心のダメージを抱えながら、早く家に帰りたいと思っていると、部屋の扉が突然開く。


「お姉ちゃん!お友達来てるの!?」


 そこに現れたのは恐らく小学校低学年くらいの可愛らしい女の子だった。


「こらこら!ちゃんとノックしなさいよ!」と、普段見せない識宮さんのお姉さんらしいその姿に思わずドキッとしてしまう。


「あら、風夏ちゃん」「おー、ちびっこじゃーん!相変わらず可愛いな!」「この穢れを知らない幼女、、、堪らない!」


 どうやらこの子の存在はお馴染みなようで、少し見渡した後に俺と目が合い固まってしまう。


 うわー、そうだよなー。

ここに居るのは全員が陽の性質を持った人たちで...1人だけ完全に浮いちゃってるもんな...。

しかも、小さい子供とかどう接していいか分からんのよなー...。


「あっ...こんにちは」と、とりあえず手を振ってみるとそのまま俺のところに来て、膝の上に座るのだった。


「え?」


「お兄さんはこの中で1番優しそう!//」と、少し顔を赤らめながらそう言った。


 そうして、他の4人の雰囲気というか流れというか、そういうのに入り込めない俺は必然この子との会話が中心になっていた。


「お兄さんは本とか好き?」


「う、うん。本は結構読むよ?...えっと、風夏ちゃんも本好き?」


「うん!大好き!お姉ちゃんが読んでる本も読んだりしてるんだよ!風夏、大人でしょ!」と、可愛らしく胸を張りながらそんなことを言う。


「そうだね。風夏ちゃんは大人だね」と、頭をポンポンとする。


「むー!子供扱いしてる!」


「そんなことないよ?あはは」と、話していると俊樹に「おいおい。幼女に手を出すなよ」と、要らん誤解を招くようなことを言われる。


「ち、ちげーから!そういうのじゃないから!」


 すると、何故か袖を掴んで上目遣いで俺に何かを訴えてくる風夏ちゃん。...可愛い。


 そうして、地獄の空間を天使の襲来により乗り切った俺はようやく帰ることになった時だった。


「...すみません、識宮さん。おトイレ借りてもいい?」


「ダメって言ったらどうする?」と、楽しそうにそんなことを言ってくる?


「すごく困ります...」


「ジョーダンジョーダン!いいよ!ご自由に使っちゃってくださいな!」


 急いでトイレに駆け込み何とか用を終えると、扉の前に風夏ちゃんが立っていた。


「うおっ、びっくりした...。どうしたの?」


「...私...お兄さんのこと好き//」


「そっかそっか、ありがとね」と、頭を撫でようとして手を洗っていないことに気づき、手を洗いにいく。


「手洗うところどこかな?」


「...こっち」


「ありがとうね」


 手を洗っている間も「あのね...女の子は16歳になったら結婚できるんだよ...?//」とか、「私ね...ピーマンも食べれるの!お、大人でしょ?//」とか、そんな可愛らしいアピールを続けてくる。


「すごいねぇ」とか「大人だなぁ」と返事していると、「な、なら!こ、子供扱いしないで...」と言われる。


「んー、でも風夏ちゃんはまだ子供だからね」


「じゃあ...大人になったら...結婚できるようになったら...いいってこと?//」


「そうだねー。大人になって、それまで俺のことを好きだったらね」と、そう言ったことを思い出したのだ。



 ◇


 そう、俺は一度、風夏と...風夏ちゃんと出会っていたのだ。


 何で忘れていたのかはきっと言うまでもない。

あのとんでもない空気になったあの瞬間のことを思い出したくなくて、その記憶ごと自然と抹消していたのだ。


 だから、初めましてと言った時首を傾げてたんだ。


「...風夏ちゃん...」


「...もう『ちゃん』なんて呼ばれる歳じゃないですよ。成人したんですから...。10年ずっと...好きでした。付き合ってください」


 そう告白されたのだった。

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