第二話「普通な毎日が続くとは限らない」
「おはよ」
剣一が朝目を覚ますと物憂げにダイニングチェアに座る妹、奏の姿があった。
彼が覚えている範囲で、奏が自分より早く起き、食卓についているのを見るのは初めてだった。
奏は朝が弱い。子供のころから寝坊しそうになった妹を起こしに行くたび暴れられてきた剣一はそのことをよく理解していた。そんな剣一にとって、自分より早く起きて食卓についている妹の姿はどこか不思議なものだった。
「…おはよう。珍しく早起きだな?」
「別に…ちょっと眠れなくて」
奏から帰ってきたのはいつものあいまいな返答だった。
剣一はキッチンへ向かうといつものように食パンを袋から取り出し、トースターに放り込んだ。
「スープ飲むか?インスタントしかないけど」
「ん、のむ」
剣一は電気ポットの水を入れ替え、沸かし始めた。
穏やかな朝の情景とは打って変わって、剣一の胸中は穏やかではなかった。
妹の力の事を詳しく聞き出す機会をうかがっていた中で、自分も妹と違う形で似たような力を託された事で、剣一はどちらの話も切り出すタイミングを完全に見失っていた。
腹に一物抱えて過ごす朝は、落ち着かないどころか剣一にまるで何かに見張られているような緊張感すら与えていた。そしてその時…
「あぁ…マジか…」
トースト用の皿を水切りラックから取り出そうとしたところ、誤ってラックの中の食器類をすべてシンクにぶちまけてしまった。
普段ならまずしないであろう凡ミスに、剣一は自分の内心の動揺を感じた。
(洗い直しじゃん…)
幸いなことに破損した食器はなかったものの、朝の仕事が増えてしまったことに剣一はげんなりしていた。
シンクに落とした食器類をいったん水切りラックに引き上げている様子を、妹の奏は真後ろから黙って眺めていた。
「…何だよ」
「別に…なんか大きな音したから」
普段ならこんなことがあっても気にも留めない妹が、今日は珍しく様子をうかがいに来ていた。
「…俺、先にこれ片づけちゃうからさ。朝ごはん食べててよ」
剣一が言い切るよりも先に、奏はトースターからパンを取り出すとダイニングテーブルへと戻っていった。
食器類を片付けている剣一の背中を、奏はトーストをかじりながら眺めていた。
朝食を食べ終えて食器を洗っていると、剣一の頭に再びあの音が響いた。
それはカウンターに置かれた鍵状のアイテム、妹のソルシェルタクトから響く音だった。剣一の脳裏に自分が今まで遭遇した怪物、怪人の姿がよぎった。またどこかで、自分が遭遇したような化物が暴れているような、そんな予感がした。
剣一はカウンターに置かれたそれを、一瞬手に取ろうとした。が、躊躇した。
自分にも妹と同じ力がある以上、妹と同じように自分にも戦う義務があるんだろうな。と、なんとなく思ってはいる。しかし、前回うまく倒せたからと言って、今回も同じようにいく保証はどこにもないし、下手をすれば死ぬかもしれない。それでも自分がやらなくてはならないのだろうか?
つい先日まで一介の大学生に過ぎなかった剣一が、そう簡単に戦う覚悟を決めることなどできなかった。
それでも、意を決してタクトを手に取ろうとした。その時…
自室から飛び出してきた奏が横からタクトをかっさらい、ベランダから外へ飛び出していった。二人の部屋は九階にある。
「っうおおぃ!!嘘だろぉ!?」
慌てた剣一がベランダから身を乗り出して下を覗き込むと、そこには既にソル・シェ=ガーラに変身した妹の姿があった。
そしてソル・シェ=ガーラはすでにこの街を脅かす脅威の下へと向かっていくところであった。
「んだよビビらせやがってもう…」
妹の背中に、剣一が呼びかける。
「そっちは任せたぞぉ—————っ!!」
届くことはないであろう声援を送ると、剣一は皿洗いにキッチンへ戻った。
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「ここ空いてるかー?」
剣一の返答を待たずに、
昼休みの食堂は学生たちでごった返していた。学食は外食と比べればメニューもパッとしない上に、そこら中で聞こえる雑談や笑い声が反響して、決して落ちついて食事がとれる場所ではなかったが、それでも剣一含め多くの学生たちが利用していた。
「またカレーかよ。好きだねぇ」
「そういうお前だっていつも醬油ラーメン食ってるじゃんか」
真澄は彼と同じサークルの幽霊部員仲間で、大学でよくつるむ間柄であった。
お互い決して広くはない交友関係の中で、サークルに顔を出さなくなった後も、ノートの内容を見せ合ったり、レポート課題の相談相手になるなど、剣一と真澄は持ちつ持たれつの関係が続いていた。
「そういや大学の近所に新しいラーメン屋出来てたけど、行ってみたか?」
「『是が俺の人生』か?あそこな、味は悪くないけど店主のノリがキツいわ。なんか…合言葉?みたいな決めててさ。それより…」
剣一は身構える。真澄が話題を変えようとしてきたからだ。
真澄はこういう時、決まって自分の趣味、都市伝説やオカルトに絡んだ話をし始める。
剣一にだけではない、真澄は会う人会う人に廃墟探索での体験談やダークウェブの話を一方的にし始める。そのため周りとの交友関係があまり長続きしなかった。
剣一にしても正直こういった話にはまるで興味がない、というかなるべく関わりたくないというのが本音だった。ホラーに対する耐性は人並みにしかないし、なんとなく、後ろ暗い方向にばかり人間関係に広がっていきそうだというイメージを持っていたからだ。
そんなことはお構いなしに、真澄からはたびたびLINEで謎のURLが送り付けられてきた。剣一は一度もそれらにアクセスしたことはない。ウィルスが怖いし、どうせ踏んでも碌な内容ではないだろうという確信があったからだ。
剣一にしてみれば、危ない橋を渡るような趣味なら止めてほしいというのが本音だった。そうすれば念願の彼女だってすぐに出来る。見た目だって中性的でかわいい系なのに勿体ない…などとお節介ながら日頃思っていた。
「…つまりだ。このベイフロントの異様に多い失踪者、とくに未成年の女子の失踪者。これにはその怪物が関わっているんじゃあないかってことだ」
「…怪物?」
怪物。その単語が出てきた途端、それまで耳を通り抜けていた真澄の話に剣一の意識が向いた。
「そう。こないだも南ふ頭に出たって話だよ。怪物。でっかいエビみたいなヤツが」
ちょうど自分が襲われ、そして妹の秘密を知った場所だった。
そして真澄の口ぶりからは、怪物の目撃情報はまだいくつかあることが伺えた。
「…その話ってここ最近で始めたのか?」
「いや?ウワサ自体は街びらきの頃から言われてたんだってさ。『ベイフロントには魔物が棲んでる』って」
街びらき、開発初期からということは30年以上前にもなる。
今まで真澄のオカルト話は話半分で聞き流してきたが、今はとにかく情報が欲しかった。
剣一はさらに掘り下げていくことにした。
「…みんなああいうエビみたいな見てくれなのか?その怪物っての」
「いや、姿かたちは色々って話だよ?例えば…熊とか馬みたいなやつとか。でもそれだけじゃない…」
真澄が話の核心に迫る。
「この街には怪物だけじゃなくて、それと戦う戦士たちもいるのさ。その戦士ってのが…」
「その戦士ってのが…?」
「その戦士ってのが…年端も行かない少女たちなんだって!分かる?この街の異様に多い失踪者!未成年の女子の失踪者!」
真澄のボルテージが上がっていく
「いやぁ…まさしくTVの世界の魔法少女が、この街には実在するんだよ!!」
「…ホントなら胸糞悪い話だよ。年端も行かないガキが戦ってるなんて…」
最早この都市伝説の当事者と言ってもいい剣一は真澄のように面白がる気にはならなかった。
普段の剣一であれば真澄の口から語られたことは一笑に付すことができたが、今の剣一にはすべて真実だとしか思えなかった。自分たちが穏やかな日常を過ごすベイフロントの暗部。この街にはびこる魑魅魍魎と、それらと人知れず戦う少女たち。そして今、自分もまたその暗部の深い淵に立たされている。
(それならオレは…さながら日曜朝のヒーローか?)
彼は自分の直面している現実の途方もなさを改めて痛感した。
「なんだよつれないなぁ…ていうか、珍しく食いつきいいじゃん。いつも生返事しか返してくれないのに…」
真澄は不満げに言った。
いままで興味がないのを隠しているつもりだった剣一はドキッとした。
(バレてたか…)
剣一はバツが悪そうにまごついた。
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学校から帰って数時間、奏はベッドの上で横になり、もう一つの変身アイテム、シュトラールリングを見つめて物思いにふけっていた。
兄に自分の秘密が知られてしまった以上、ちゃんと打ち明けて話をしなくてはいけない事は分かっていた。しかし、奏にはその踏ん切りがなかなかつかなかった。
いったいどこから話せばいいだろう?背広の男からタクトとリングを渡された日の事?初めて
届けてくれた時のことと言えば、奏にはもう一つ、気がかりなことがあった。
あの日リングが知られてくれた魔物の気配は、明らかにあの地下駐車場からしていた。なのに、自分が到着する頃にいたのはボロボロの剣一だけだった。明らかに何かあったような様子だったのに剣一は「大丈夫」の一点張りだ。納得がいかない。あの場にいたはずの魔物はいったいどこへ行ってしまったのだろうか?
(ケンイチの奴が倒した?まさか…一体どうやって…)
きっと他の魔封少女が助けてくれたんだろう。カトラールもクィルも知らないといっていたが、さすがに剣一が倒すというのはあり得ない。動揺しているせいでついおかしなことを考えてしまった。そう考えるのが今の奏にとっては自然だった。
不意に、玄関から物音が聞こえた。
ベッドから起き上がり、自室から顔を出して玄関を覗き込むと、そこには兄、剣一の姿があった。
「ただいま」
剣一は妹の方を一瞥して挨拶をした。奏にとっては聞きなれた声が響いた。
「おかえり」
奏は一言挨拶を返すと、すぐにベッドに戻っていった。
「悪い。昼寝してたか?今日眠れなかったって言ってたもんな」
「別に…」
剣一は部屋の入り口から一言話しかけたが、それ以上会話は続かなかった。
腹に一物抱えたもの同士、二人の間に気まずい沈黙が続く。
「なぁ…」
「それ、モーニングショットだろ?いいのかぁ〜?」
先に沈黙を破ったのは剣一だった。剣一は枕元の缶コーヒーを指さして言った。
「…それがどうかした?」
「いや?もう夕方だろ。モーニングショットを夕方に飲むのは大罪だぞ?」
そんな事はない。『モーニングショット』はただの商品名であって、別に『朝飲まなければならない』ということを意味するわけではない。つまり、いつものくだらない冗談である。
普段なら聞き流しているところだが、思わず笑みがこぼれる。あれこれ悩みを抱えた自分に対して、いつもと変わらない調子でおどける兄の様子に、奏は心のどこか安心していた。
「…ぷっ、何それ」
剣一の他愛ない一言に、奏の緊張がほぐれた。
(やっぱりちゃんと話すべきだよな)
意を決して自室を出て、リビングへと向かった。しかし、そこにはすでに剣一の姿はなかった。
玄関の方へ振り向くと、身支度を整え直した剣一の姿があった。
「どっか出かけるの?」
「悪い、ちょっとな」
剣一はあいまいな答えを返してそそくさと外出していった。
剣一が妹のソルシェルタクトを持って外に出たことに、奏はまだ気づいていない。
陽が沈んだベイフロントの海風を切り裂きながら、剣一のハンターカブは走っていた。
『現場は北洋エネルギーのベイフロントLPガス貯蔵施設、ターゲットは植物型の
「その…ステージワンっての?強いのか?」
『お前が初陣で当たったのは
声の主はあの時と同じ、年老いた男であった。男の淡々とした状況説明を聞きながら、剣一はバイクを走らせていた。
『現場では大量のLPガスが保管されている。ボンベとガスタンクに注意しろ』
剣一は朝のように躊躇したりはしなかった。戦う上でリスクがあるのは自分も妹同じことだ。同じ力がある以上、妹にまかせっきりにしてはおけない。剣一はバイクのスピードを上げ、現場へと急いだ。
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「い…嫌っ…!放してっ!」
怪物に触手で両手を拘束された少女の膝下から、植物の蔦のような形状の触手が這い上がってきていた。そのぞわぞわとした触覚に少女は身震いした。
彼女もまた鶴木 奏、ソル・シェ=ガーラと同様、魔封少女であった。
彼女が戦いに身を投じたのは僅か数週間前。奏のように頼れる仲間もいない上、奏たちと比べてはるかに未熟であった。今日まで孤軍奮闘していたが、その命運は今、尽きようとしている。
振りほどこうと抵抗しようとしたものの、触手で撫でられた部位が徐々にマヒしていき体にうまく力が入らない。触手はついに衣装の隙間から入り込み、胴体にまで到達していた。
「………ッ!………ッ!………ッ!」
少女の呼吸が徐々に荒くなる。口をパクパクと動かすももうまく体に酸素を取り入れられない。少女の体のマヒはついに全身に広がっていった。
直後、怪物が触手をほどいて拘束を解くと完全に脱力した少女の体は怪物の口の中へと滑り落ちていった。
「噓だろ………」
現場へと到着した剣一が目の当たりにしたのは、怪物に飲み込まれる妹ほどの歳の少女の姿であった。
怪物は中心に漏斗状の袋を持った巨大な食虫植物のような姿をしていた。袋の入り口には毒々しい色の花が咲き、そしてその中心から伸びた無数の蔦状の触手をうねうねと躍らせてこちらを威嚇していた。
「…あの娘、助けられるのか?」
『残念だが、もう助からんだろう…』
ケンイチの問いかけに帰ってきたのは絶望的な答えだった。
そして呆然と立ち尽くす剣一に、怪物の触手が振り下ろされた。
剣一はとっさに変身して回避する。触手が当たった先を振り返るとコンテナがひしゃげて真っ二つになっていた。
再び前方を向き直すと、無数の触手が迫っていた。一直線に飛んでくるもの、大回りして飛んでくるもの、ジグザグに飛んでくるもの、動きも太さもさまざまであったが、いずれも剣一を目指して飛来していた。
剣一が飛来する触手に向けて刃を振るうと、触手は先端から真っ二つに切り裂かれた。幸いにも一本一本の強度は大したことがないらしい。続いて二の矢、三の矢と言わんばかりに飛来してくる触手も両断して見せたが、怪物は一切ひるむことなく剣一目掛けて触手を飛ばし続けた。
剣一は飛来してくる触手を一本一本いなしつつ、本体と思われる中心の花冠へと距離を詰めていこうとした。薙ぎ払うように飛来する触手を潜り抜け、足元を掬いに来る触手を飛び越え、時に刀をふるいながら無数の触手を捌き続けたものの、怪物の猛攻はやむことがなかった。剣一は文字通り怪物に踊らされていた。
『まだ不慣れなのに無理を言うようだが、なるべく手早く倒してくれ』
対処に手間取っていると、例の年老いた男がインカムを通して急かしてきた。
(手早くったって…一体どうやって…)
剣一が経験の浅いなりに知恵を絞って思い起こしたのは、初めて妹の秘密を知った日の奏たち三人の魔封少女の闘いだった。あの時、カトラールはクィルが空中に出現させた足場を駆け上がって怪物との距離を一気に詰めていた。しかし、今はクィルどころか誰の助けも借りることはできない。となれば、何か代わりの足場になる物を自分で探さなくてはならない。
考えを巡らせる剣一のもとに、再び触手が飛来する!
(…これだ!)
意を決した剣一は脳内で花冠のある中心部へのルートを思い描くと、飛来してくる触手に向かって駆け出した。
横薙ぎに飛来してくる触手を飛び越えると、その触手を足場に他の触手へと飛び移った。そして二本、三本、と触手を次々と触手を飛び移り、ひときわ太い触手に着地すると、一気に触手を駆け上がり怪物との距離を詰めていった。怪物が剣一を振り落とそうと触手を縦にうねらせると、触手が波打つタイミングに合わせて触手を蹴り上げ高く飛びあがり、怪物本体を両断しようと刀を高く構える!そして次の瞬間…
剣一へ向けて最初の時と同じように触手が振り下ろされ、剣一は叩き落とされた。あの時はとっさに回避できたが、空中では避けようがなかった。あと一歩のところで剣一の体はトタンの壁面にたたきつけられた。
『急いでくれ剣一!早くしないと手遅れになりかねん!』
物陰で体を休める剣一のもとに、インカムから再び彼を急かす声が聞こえた。
(手遅れって………何がだよ………)
剣一はすでに満身創痍であった。無い知恵を絞って繰り出した乾坤一擲の奇策も怪物には通用しない。本体へ近づこうにも無数の触手に阻まれ、何本触手を切り落としても、いまだ怪物の周囲にはいまだ無数の触手がうごめいている。
インカムの主は剣一の気も知らずやたらと急かしてくる。そもそも、どうして自分があんな怪物と戦わなければならないのだろう?奏は疑問に思った事はないのか?剣一の胸中に疑問といら立ちが募り始める
(こっちはまだまだ初心者だってのにボンベとガスタンクに注意しろだの早くしろだのあれこれ注文つけてきやがって…)
剣一は自身の決断を後悔し始めていたが、尻尾を巻いて逃げたとて助かるとも思えなかった。もはや自分が生きて帰るには目の前の怪物を倒すほかなく、そしてそのために剣一に手段を選ぶ暇は最早なかった。
ふと足元に目をやると、不用心にも一本のチャッカマンが転がっていた。
「…とにかく早く倒せばいいんだな?そのためならどんな手ェ使ってもいいんだな!?」
『どういう意味だ?』
剣一はチャッカマンを拾い上げると、インカムからの質問に答えること無く物陰を飛び出した。
物陰から飛び出した剣一に向けて怪物が三度触手を放ったが、剣一は足を止めなかった。触手はいずれも当たること無く剣一の後方をかすめるのみであった。剣一の向かう先は怪物ではなく、視線の先にあるガスタンクだった。
『おい…何をする気だ?』
不穏な気配を感じ取ったインカムの先から届く疑問の声も意に介さず、剣一は一心不乱に走り続けた。一心不乱なあまり、後ろから横薙ぎに迫りくる触手に、彼は全く気が付かなかった。次の瞬間、彼は背中を思い切り打たれてあらぬ方向へと飛ばされた。
剣一が飛ばされた先にもガスタンクが一本転がっていた、彼はタンクを立て直すと怪物の方へとガスの噴出口を向けた。
剣一の策略など意に介さず、怪物はトドメと言わんばかりに三度触手を振るった。剣一は眼前に迫りくる触手へ向けて、ガスの噴射口を向けてバルブをひねった。そして…
「喰らいなバケモノ!これがオレ流の
ガスの噴出口へチャッカマンを向けて点火した。噴出したガスが炎に代わり、怪物の触手に燃え移る。
「Kyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyerァァァァァアアアアア嗚呼阿阿阿!!!!!!!!」
怪物は燃える腕を振り回しながらつんざく様な悲鳴を上げた。剣一はボンベの角度を調節しながら、怪物の体へまんべんなく炎を燃え広がらせていく。炎は見る見るうちに怪物の全身を包み込んでいった。
怪物は触手をじたばたさせて全身を焼く炎の熱と痛みにもだえ苦しんだ。全身を焼かれのたうち回る怪物に、もはや剣一のことを機にかける余裕はなかった。
剣一は怪物の中心部にある漏斗状の袋へ向けて引き金を引きながらゆっくりと歩み寄っていく。
刀身全体が真っ赤な光に包まれると、面頬が開いて廃熱口から熱が噴出し、バイザーの奥の瞳が光った。
剣一は刀を右から横薙ぎに振るい、勢いそのままに一回転して二の太刀を浴びせた。
刀の切っ先が赤黒い光の輪を描き、横一文字に切り裂かれた怪物は爆ぜた。
そして、残った触手もLPガスの炎に焼かれ灰と化した。
——————————————————————————————————————
「派手にやってんねぇ」
巨大なモニターで剣一の戦いぶりを見つめる年老いた男に、飄々とした態度の青年が後ろから話し掛けた。
「アレが例のニューカマー君かい?」
「……下手すればガス爆発で甚大な被害が出ていた」
男はため息交じりに言った。
「トンだラッキーボーイだよ。全く」
そう言い捨てて立ち去ろうとする青年を男は呼び止めた。
「なぁ、やはり……」
「手数は多い方がいい。戦士としての腕はまぁ、今後に期待ってとこだな」
「しかし…」
「いつ計画がバレて邪魔が入るかわからんのだ。その前に俺たちでちゃんと終わらせなきゃ。だろ?」
言い淀む老人に青年が畳みかける。その目は先ほどまでのひょうひょうとした態度とは打って変わって、まるで何かを見据えた目をしていた。
「…そうだな。俺たちで終わらせなくてはならん。そうでなければ示しがつかん」
見つめられた老人はそう言うとモニターに背を向け立ち去った。
老人の背中を見送ると、青年は薄暗い部屋で煌々と輝くモニターの画面に視線を戻した。
モニターには変身した鶴来剣一、ライゴウの姿が大写しになっていた。
青年はライゴウを見つめて言った
「会えるのが楽しみだよ。剣一クン♪」
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