AI刑事 人工知能が全てを管理した世界で
緑豆空
AI刑事 ~人工知能の罪~
とある夜、ビル街の暗い路地裏で俺はAIからの突入指示を待つ。三人プラス十五体からの警察官が周囲を包囲し、全員がその時を待っていた。 人間は俺を含めて三人、そのほかは全てサイバノイドである。現場で人間の警察官に死傷者が出ないように、荒事を担当するのがAI搭載の機械人形サイバネティクスノイド、通称サイバノイドなのだ。AIが発達したとはいえ、現場ではイレギュラーな事が起きる。そこで厳格すぎるAIの判定を抑止するのが、俺達人間の仕事だ。
例えば、罪人を連れ出そうとした時に、被疑者の伴侶が「待ってくれ! その前に話をさせてくれ!」などと言ったとする。サイバノイドやAIにとっては公務執行妨害、そいつもしょっ引かれる事になってしまうのだが、そんな厳格すぎる対応を抑制する為に、俺達人間の判断を介在させているのである。
サイバノイドの見た目はほぼ人間だ。よく見れば皮膚や髪の毛の質感が違うが、遠目で見れば人間と区別がつかない。ただ現場に出た時の服装は全く違っていて、俺達人間は防弾チョッキとヘルメットの着用義務があるのに対し、サイバノイドにはそれが無く機械的なアーマーを装着しているだけだ。サイバノイドが攻撃を受けたとしても、銃撃で死ぬことも無く破損しても修理が可能で、人間より大胆な行動をする事ができるのだ。
ピピッ! イヤーカフ型の通信装置に通知音が響く。
《準備が整いました。室内に被疑者の生体反応確認、突入まで、5、4、3、2、1》
ガシャンと入り口を開けて、サイバノイドがスムーズに突入していく。俺が指示するサイバノイドは五体、一人の人間が五体のサイバノイドを指揮して犯人を捕縛するのである。
《A隊、上階の逃げ場を塞ぎました》
《B隊一階の入り口全てを封鎖、対象の部屋の窓下、階段及びエレベータを封鎖》
両隊が準備が整った事を告げて来る。そして俺のC隊が二階に潜伏する被疑者を確保する役割だ。俺がドアの前に立つと、サイバノイドが周りに集まる。俺はドアの脇にある、インターフォンの呼び鈴を鳴らした。
ピンポーン。しばらくすると、インターフォンが繋がる音がする。
「はい」
「木本俊介さんですね。西新宿警察署の者です。扉を開けていただけますか?」
「あ、はい」
やたらと素直だ。抵抗する素振りも感じられない。ガチャンと玄関が開けられて、被疑者の木本俊介が顔を出した
「木本俊介、バンドメンバー殺害容疑で逮捕状が出ている」
「へっ? そんな、おかしいだろ! アイツは病死だよ!」
俺から見ると嘘を言っているように見えないが、犯罪者はえてして嘘が上手い。こうやって言い逃れする場合がある。既にAIが犯罪者認定しているのだから、既に言い逃れは出来ないのである。
「あとの話は署で聞こう」
「ちょっとまってくれよ! 俺がアイツを殺すわけないだろ! アイツは俺の為にめちゃくちゃ頑張ってくれてたんだ。突然心筋梗塞で死んじまったけど、俺がやるわけ無いだろう!」
「連れていけ」
そう言うと部屋の奥から、女がやって来て言う。
「ちょっとまってよ! やってないって言ってるじゃない! 俊介は絶対にやってない! その日は私と居た!」
するとサイバノイドが言う。
「公務執行妨害により…」
「あー、まてまて。彼女は犯罪者じゃないんだ、逮捕する必要は無い」
サイバノイドが動きを止める。
「とにかく署での取り調べと、それからの裁判で彼の罪状が決まる。まだ犯罪が確定した訳じゃないんだし、ひとまずここはおとなしく来てもらった方が良いかな? こんなところで抵抗すると、変に罪状が増えてしまうよ」
「でも! AI警察になってから、冤罪などで戻って来る事は無くなりましたよね? 連れていかれたら、もう有罪になってすぐに禁固刑になるんでしょ!」
確かに女の言うとおりだ。AIでの犯人検挙確率は99.999%、ほぼ百パーセントと言われており、AI捜査が導入されてからは、犯罪件数も激減した。犯罪件数が激減したという事は、正常に罪を裁いているという証明であり、それによって市民も平和に暮らす事が出来る。
「既にAIの判定は出ているんだよ。申し訳ないんだけど、ここからは署で聞かせてもらうしかない。とにかく変に騒がない方が良いとおもうよ」
すると女が暗い目になり、キッと睨みつけて来る。だが犯罪者を連れて行くときは、必ずこんな目で見られるのだ。伴侶が連れていかれようとしているのだから仕方がない。
「あんたら警察は! 自分らの目で判断もせずに、すべてAIの指示に従って動いてるよね? 本当にAIが正しい訳? 絶対に間違いはないと思ってるんでしょ!」
この言葉もよく聞く事だ。そして俺は言う。
「AI捜査が導入されてからは、犯罪件数が三百分けの一に減り、全国の年間犯罪件数が七十万件から二千数百件まで減ったんだよ。これは全てAI捜査によるおかげなんだ。そんな状況を悪くしたい人間なんていないし、犯罪者はきちんと償う事で平和が保たれているんだよ」
「そんなのは、結果だわ。なんにせよ俊介はやっていない!」
するとイヤーカフに通信が入る。
《何をやっている? 抵抗を受けているのか?》
AIから指示が飛んできた。あまり長引かせると、女まで逮捕されてしまうだろう。俺はここでスッパリと言う。
「男を連れていけ」
サイバノイドが捕らえた男は、観念したのかぶつぶつ言いながらも歩き始めた。
「俺は…やってない…殺す…わけない…」
可哀想だが罪は償ってもらわないといけない。だがその時、部屋の中からさっきの女が包丁を持ち出して俺に突進してきた。
「ちょっ!」
だが次の瞬間、サイバノイドに包丁を取り上げられ女は後ろ手に捻り上げられた。
サイバノイドが言う。人間の声と遜色のないスムーズな声色で。
「障害および殺人未遂の現行犯で逮捕する」
「逃げて! 俊介! 逃げて!」
だがその声もむなしく、他の階層から来たサイバノイド達に囲まれて、男も女も連れていかれるのだった。女は恨めしそうに俺を睨みつけ、最後は観念してパトカーに乗り込んで行った。
「なんだ九条。手こずったみたいだな?」
同僚の北川が声をかけてきた。
「ああ。残念ながら逮捕者を増やしてしまったよ。いらん犯罪者を生んでしまった」
「気にするな。犯罪を犯した奴がすべて悪いんだ。俺達はAIに従い、日々の仕事をきちんとこなすだけで良いんだよ」
「ああ。わかっている」
夜の新宿は騒がしく野次馬が出ていたが、パトカーが出ていくと人々も興味を無くして散っていくのだった。
世界では各分野でAIが進出し、人間の仕事がどんどんなくなっていた。その代わりに俺達のような、AIでは全てを判断できない場合のAI管理職が用意されている。従来の仕事では必要無かったような事が仕事となり、ついて行けない者はどんどん淘汰されていった。
正直な気持ちを言うと、先ほどのバンドマンは逮捕したくなかった。AI音楽が流行のランキングを埋める中で、人間が作った音楽は貴重だからだ。AIは人間の感情を理解し、人間が悲しんだり楽しくなったりする言葉や音階を知り尽くしている。その為、AIの生み出す音楽や映像はヒットし、いまでは映画やアニメも全てAIが創造しているのだ。世界のクリエイティブな仕事が、AIに取って代わられてしまったのである。
警察署に着くと、浜崎警視が声をかけてきた。
「おお、九条、北川。ご苦労さん」
「ありがとうございます」
「どうした九条? なんだか浮かない顔をしているな」
浜崎警視は俺を見て言っている。
「今日は無駄な抵抗に会いまして、不必要な逮捕者を出してしまいました」
「そんな事か? 九条、そんなのは気にしなくていいんだ。悪い奴はどんどん引っ張る。それでなくても犯罪者は減って、俺達の仕事が無くなってきているんだからな。せっかくの犯罪者の逮捕なんだから、胸を張って良いんだぞ」
「分かってます」
「まあ気にするな。滅多にない逮捕劇でつかれたんだろ。今日はゆっくり休め」
「はい!」
そして俺達は、報告の為にAI管制室に入る。書類などを提出する必要はなく、サイバノイドからアップロードされたデータと、俺達の証言を照合する事ですべてが記録される。今日あった出来事を全て話せば、俺の仕事は終わりだった。
帰り際のロッカーの前で、北川が俺に言う。
「どうだ? 九条、飲んでいくか?」
「いや…今日はいいや。なんだか、めちゃくちゃ疲れたからな」
「そっか。まあ気にするなよ。仕方ないから俺も帰るとするか」
北川は警察学校からの同期で、俺と同じく優秀な成績を収めて刑事になった奴だ。昔はよく飲んだのだが、最近は俺が疲れて断る事が多くなっている。だがそれでも北川はいつも俺の事を気にかけてくれて、飲みに誘ってくれるのだった。ありがたい誘いだが、俺はヘトヘトで眠りたいのを優先させてしまう。
そのまま新宿駅で電車に乗り三つ目の駅で降りる。駅前の繁華街は理路整然としており、ガラの悪い人間もおらず、品行方正な人間で埋め尽くされていた。そんな中で俺は、今日逮捕した女の目つきを思い出す。男も最後まで罪を認めていなかったが、きっと尋問によって白状するだろう。あの女は無駄に逮捕されてしまったが、状況からそれほど重い刑罰にはなるまい。
マンションの部屋に帰り、家庭用サイバノイドに語りかける。部屋にはAIが設置されていて、俺が言えばサイバノイドが身の回りの事をやってくれるのだ。
「エビのクリームソースパスタとタコのカルパッチョ、白ワインを添えてくれ。食べ終わったら風呂に入るけど、長湯したいから適温で」
「かしこまりました」
椅子に座ると、俺が好むような映像が壁にかかっている大型ディスプレイに表示された。疲れを癒すような映像と、心地よい音楽が流れてくる。もちろん全てAIが生成した物だ。
食事が運ばれて、俺がそれを平らげるともう少し酒が飲みたくなる。
「酒を追加してくれ」
「本日はここまでです。体調の状態により明日の業務に差し支えが出ますので、そのまま風呂にお入りください」
「ああ、そうかわかった」
気分的に融通が利かないのは玉に瑕だが、AIは体調管理もしてくれているので、それによって病気になる事も少ない。予め、体に悪そうな事は全て止めてくれるのだ。俺はそのまま風呂に入り、風呂の壁にもリラクゼーション映像が映るが、なぜかあの女の目が思い出される。
そこで俺はAIに命じた。
「AIに疑いを持つ女がいた。他にもそんな人がいるのか? 表示してくれ」
するとAIがディスプレイに映し出したのは、海外のテロリストの恐ろしい映像だった。有名なテロリストで、AIに疑いを持っており、AI開発企業や政府に対してテロ行為を行っている。そいつらの主張は、AIが世界を支配しており人間の尊厳を奪っているというのだ。しかしながら、流石にさっきの女がこれに該当するとは思えない。
「うーん。もっと身近にいないか?」
画面には該当者なしの表示。やはり先ほどの女は稀だったのかもしれない。
「リラックスモードに切り替えて」
すると画面に穏やかな海岸の夕日が映しだされ、優しい音楽が流れ始めた。俺はそれで癒されつつ風呂を終え、一日の疲れを癒すべくベッドに入るのだった。ベッドに入ってからも、速やかに眠りにつけるような音楽が静かに流れてくる。
すぐに眠りに落ち、俺は静かに寝息を立て始めるのだった。
だがそれから数日後の事だった。AI捜査が始まってから初めての恐ろしい事件が起きる。
警視総監自らが壇上に立ち、俺たち警察官全員に号令をかけた。
「未曽有の大惨事だ」
ある日、突然その事件は起きた。なんと警備厳重な議員会館が爆破され、閣僚を含む多くの議員が犠牲になったのだ。それはかなり異常な事件で、事前に爆破予告は出されていたというのだ。それにもかかわらず、予告通りに爆破されて多くの死傷者を生んでしまう。
捜査本部が立ち上げられ、国の威信をかけた捜査が始まる。古き良き時代の足で稼ぐ捜査などではなく、皆が席に座りAIが収集した情報を選別していくデスクワークである。日本はおろか世界各地に設置された防犯カメラや、インターネットを使った検索履歴と購入履歴、世界中のサーバーに残ったキャッシュ、そして個人に振り分けられたIDであるプライベートナンバーを照合していく作業だ。
膨大な情報量ではあるが、ほとんどの間違いはAIが弾いてくれる。俺達は正確な情報だけを元に、データー化された物を数百人が分類して、それがどれだけ信憑性及び整合性が高いかを判別していく。俺や北川は警察学校に入る前、AIの英才教育を受けてきており、AIが算出した物を判別する能力に長けていた。そしてここにいる数百人は、そのエキスパートとして全国から集められた仲間である。
この部屋の一番前には、バカでかいディスプレイが用意されており、そこに選りすぐりの情報が集められて行った。どんどん確率が上がって行き、通常であれば百パーセントの確率で表示され犯人が割り出される。
皆が一日かけて算出した結果…
驚くべき犯人の顔が浮かび上がってきたのである。俺はそれを疑い、絶対に間違いであると思った。だが部屋の前にあるデカいディスプレイに表示されているのは、こともあろうに俺の同期である北川だったのだ。
「えっ…」
会場中がざわついており、北川本人も目を丸くしてそれを見つめている。俺が慌てて手を上げて、捜査本部長の浜崎警視に進言した。
「何かの間違いだと思います!」
「あ、ああ…だがAIが算出してるんだぞ」
そう浜崎警視が言うが、そのデータには今までとは全く違う数値が出ていたのである。
「見てください! 犯人照合確率17・198パーセントです! 未だかつてこんなことがありましたか?」
「うむ。確かにな。本来は99・999パーセント以上の表記だ。ほとんどが100パーセントの提示だが、17パーセントはありえん。更に加えられるだけの情報を加えて、再捜査を開始するぞ!」
「「「「「「「はい!」」」」」」」
「北川、お前は捜査から外す。仕方ないが分かってくれるな?」
「もちろんです」
そしてそれから数時間、更にデータをスキャンして捜査が続けられた。既に深夜二時を超えているが、皆が同僚の無実を証明する為に調べ続ける。途中で休憩となり、皆が缶ジュースを買いに広場に集まっていた。そこに北川もやってきて、皆に大きな声で謝った。
「みんな! すまない! なぜ俺がデーターに浮かび上がったか分からんが、俺は無実だ! それを皆が証明してくれると信じている! そして俺がデータ選別作業から外される事なって申し訳ない」
皆が口々に言う。
「何言ってんだよ北川。17パーセントなんてなんかの間違いだ」
「そうそう! このAI全盛期にこんな間違いが起きるわけがないだろ!」
「そうだぞ。たまたま非番の時に、その周辺で目撃された監視カメラのデータがなんだ」
「それに北川のプライベートナンバーでは、爆弾材料の購入履歴なんか無いじゃないか」
「そうそう。家庭菜園が趣味で、除草剤や肥料を買っているのは普通の事だしな」
「バッテリーだって、夜、野菜に紫外線を当てる為のやつだ。家庭菜園じゃ当たり前に使う」
そして俺が北川に言った。
「そうだぞ。皆はお前が無実なのを知っているし、俺達は絶対にこれを解明できる」
「ありがとう! みんな! ありがとう!」
そして皆は再び捜査に戻って行った。それから徹夜で調べ上げた結果、未だ北川が重要参考人として挙がっているが、その確率は15・261パーセントまで低下している。それによって皆が、北川を犯人とするAIの間違いを確信していた。このまま続ければ、恐らく重要参考人から外れるだろう。AIが誤動作をするという、未だかつてない事態に全員が動揺したが、同僚の無実が証明されそうな事に安心するのだった。
そして長く続いた捜査は一旦終了する事になる。捜査本部長の浜崎警視が皆に告げた。
「第二班に捜査を引き継いで第一班は帰宅。捜査の再開は明日の午前八時半からだ」
「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」
そして俺達は二十八時間ぶりに家路についた。これから明日の朝までは第二班が捜査を続け、それまで俺達は休憩をとる事になる。北川がとぼとぼ歩いていたので、俺は北川に声をかけた。
「落ち込むな北川。良かったら一緒に飯食ってかないか? 酒も出すところがあるんだ」
「いいのか? 俺は重要参考人だぜ」
「いや、まだ決まってないって。だって本来は留置所行きだったのが、確率が15パーセントでは拘束もされないだろ? てことは、問題ないって事さ」
「そう言ってくれるのはお前だけだよ。九条」
そして俺達は、徹夜明けだと言うのに酒もおいてある定食屋に入る。
「ざるそばと天ぷら盛り合わせ、あとお新香と瓶ビール」
「じゃあ俺もざるそばにするか」
俺達はざるそばを啜りながらビールを飲んだ。久しぶりの北川との食事に、自然と警察学校の頃の昔話になる。
「北川は警察学校で一番のAIエキスパートだったよな」
「そうだったか? それは九条だったろ?」
「忘れたのかよ」
「そんな話は忘れたな。だがよ、九条はAIについてどう思う?」
「どう? とは?」
「AIが人間にとって、どう言う物かって意味だ」
「そんなの分かりきってるだろ。人間とは切っても切れない必需品で、AI捜査によって犯罪だって激減したんだ。世界中の戦争だって、AIとサイバノイドが代理で行う時代だ」
「だけど、今回、議員会館の爆破で大勢が死んだよな? このことは世界中でもニュースになっている。AI捜査導入後で最も死んだ事件だと言われているだろ」
「そうだな。でもさあ、そんなデカい事件の容疑者がお前な訳はないよな」
「まあな。そもそも容疑がかかった時点で昔なら拘束されるし、こうして居る間にも尾行なんかが着くはずだ。AIが低い判定を出したから、取り調べもされずに俺は自由に行動する事が出来る。AIが無かったら間違いなく取調室で、おっかない連中に囲まれてるはずだよな?」
「まあそりゃそうだけど、AIが低確率の判定を出してるんだから違うんだって。お前は警察学校に入る前なんか慈善事業を率先して行っていたし、その頃にやっていたSNS動画でも人気があって、今でも一部の人達の支持があるだろう? 警察に入ってからも休暇は子供施設に行って、子供達へサプライズプレゼントを行っているじゃないか。警察のみんなもそんなお前を知っているから、あんなに必死に無罪を主張しているんだ」
「ありがたいよ。持つべきものは頼もしい仲間だな」
「任せておけって」
そうして俺達は飯屋で別れ、それぞれの家路についたのである。
家に着いた俺がAIに指示を出す。
「水をくれ。まずは寝るぞ」
家庭用サイバノイドが、俺の服を取りハンガーにかけて吊るした。すぐに水を運んで来て俺に渡す。
「ゴク、ゴク、ゴク」
俺がそれを飲み干して、疲れた体をベッドに放り出した。
バフッ!
「しかし、驚いたな。なんで北川が爆弾犯になるんだよ。そんなわけねーだろ」
眠ろうと思ったが、いろんな事が気になりすぎてなかなか眠りにつけなくなってしまった。何故か違和感が残り胸騒ぎがするのだ。俺は上半身をおこしてAIに、北川が昔やっていた、SNSの動画サイトを開くように指示を出した。辞めて数年が経つと思うがまだ公開されているのだろうか?
直ぐに、そのサイトが開く。どうやら非公開にはしていないようで、登録者数も以前から変わらずに数百万人おり昔の動画が並んでいるようだ。だが画面を見て俺は少し驚いた。
「あれ?」
なんと数年間も動画を更新していなかったのだが、今日、突然動画が更新されていたのだ。
「なんで?」
動画を開くと、北川がカメラの前に映し出される。さっき別れた時と同じ格好をしていて、北川は何かについて視聴者に訴えかけている。なんとそれはライブ配信だった。
「久しぶりの更新です。皆さん覚えていますか? キタルです。今は仕事をしているため慈善事業から離れていましたが、今も子供の施設などでサプライズなどをしているんですよ!」
しばらくぶりの更新だというにも関わらず、いいねボタンがどんどん上昇していった。同時接続数が五万人を超えて、かなりの反響を呼んでいるようだ。だが俺はそれを見て不安になってしまう。何故ならば、警察官のダブルワーク及びSNSを使っての個人配信は禁止されているからだ。
「お、おいおい。北川! 何してんだよ!」
俺は思わず声を上げてしまう。だが動画の向こうの北川に届くはずもなく配信は続けられた。
「僕は今、濡れ衣をかけられて犯人に仕立て上げられようとしています」
「バカ!」
捜査の内容を外部に漏らす事は法律に違反している。この動画は完全に違法で、このまま行けば違う犯罪行為でAIに処罰されてしまうだろう。俺はあわてて携帯をとり北川の番号を押した。すると画面の中の北川のそばで携帯電話が鳴る。北川はそれを手に取って画面を見て言う。
「ごめんな。お前は信じてくれてるのに。だけどこれは僕の信念の問題だ」
そう言って電話が切られた。
「僕は今日容疑者として、AI捜査で犯人にされかけた。信じられるかい? 僕があの爆破の犯人にされかけているんだ。こんな事が許されると思うかい?」
言ってしまった。これで北川は罰金刑を課せられてしまうだろう。もしかしたら給与差し止めか、悪ければ懲戒免職も免れないかもしれない。だがそれでも話を続けている北川を見て、俺はだんだんと北川の気持ちが分かってきた。
「平気なふりして、相当傷ついていたんだ。どうしても許せなくて、こんな動画を上げてしまったんだな…。でも間違ってるぞ! お前は間違ってる!」
流れ続ける動画に俺が言っても、相手に聞こえるはずはない。だがどうにかして止める必要がある。ライブ配信とはいえ、絶対に魚拓が取られて拡散されてしまうからだ。俺はすぐに上着を着て家を飛び出す。北川の家は知っているので、急いで駆けつけて配信を止める必要があった。タクシーを停めて住所を告げ、俺は携帯で動画を見ながら到着するのを待った。
「着きましたよ」
普通の捜査なら警察手帳を見せればフリーだが、これは個人的な問題だ。俺は携帯決済をしてタクシーを飛び降りる。走って北川のマンションに行き、一階のオートロック画面の脇にある受話器を取って部屋番号を押した。携帯に映っている動画では、北川がまだ話を続けている。画面の中の内線がなっているが北川は取らなかった。丁度ピーっと音がして住人が入るところだったので、警察手帳を見せ一緒に中に入れてもらう。エレベータを待つのがまどろっこしく、俺は階段を駆け上がって北川の部屋がある八階に向かった。息切れして膝もガクガクだが、俺は急いで北川の部屋のインターホンを鳴らした。
「たのむ! 出てくれ!」
だが答えは無く、俺がドアノブを回すと鍵はかかっていなかった。俺はすぐに部屋の中に入り、ガチャっと部屋のドアを開ける。
「なっ!」
なんと事もあろうに、北川はカメラの前に立って自分のこめかみに拳銃を突き付けていたのだ。
「おい! 北川! やめろ!」
すると北川は俺を見てニッコリ笑って言う。
「やっぱりお前は来てくれた」
「当たり前だ! すぐに配信を止めて出頭しよう! 今ならまだ間に合う!」
すると北川はそのままカメラに向かって話を続けた。
「みんな。AIを信じちゃいけない。いますぐ携帯を切ってパソコンを消すんだ。サイバノイドを停止させて、人間の世界に戻ろう」
「やめろ! 誰もお前を疑っちゃいない! 皆がお前の無実を信じて捜査をしているじゃないか!」
すると北川が俺を見てニッコリと笑う。
「そう。皆は心から信じているからね。AIを」
「当たり前じゃないか! 確率は十五パーセント! 絶対に間違いだってわかるだろ!」
すると北川の顔からスッと表情が消えて真顔になり、その顔で俺に告げた。
「信じるなクッキー」
北川は俺の学生時代のニックネームを言った。
「なにをだ?」
「この世界の常識と、そしてAIをだ」
「なにを…」
「僕は君を信じる」
そう言って北川はカメラに目を向けて言った。
「みんなもね。さよなら」
パン!
「北川! おい! おい!!」
俺はカメラの前に飛び出して北川の体を抱き寄せる。しかし頭を打ちぬいており即死だった。すると突然、玄関を打ち破って警察のサイバノイドが飛び込んできた。あっという間に俺を引きはがし、北川の体を抱きかかえる。
「やめろ! 北川は無実なんだ!」
するとそこに同僚の野口が現れた。
「九条さん。残念ですが、秘密保持法違反で北川さんは現行犯逮捕です」
「し、死んでいるんだぞ…」
サイバノイドにカメラを切断され、現場は次々に入って来るサイバノイドと警察官で一杯になる。防犯カメラの様子も全て確認されて、俺は目撃者として警察に連れていかれるのだった。
それからしばらくの間、現職の警察官自殺動画についての報道がなされ続け、北川は死んで時の人となってしまう。その反面で議員会館爆破事件の件については、北川が犯人だとする確率は7.92パーセントまで落ちていた。誰しもがゼロにはならない中で、七パーセントは「もしかしたら、かもしれない」という程度。
世間では、それを期にAI誤作動による冤罪と報道されるようになった。それはこのAI絶対の社会において衝撃的過ぎた。いろんな家庭にサイバノイドやAIは導入されており、それらの信憑性が一気に崩れる恐れがあるからだ。
世間は警察の失態として、北川冤罪事件を糾弾し始める。警察はその後の対応に追われ、まともな捜査が出来ない状況に陥ってしまう。しかし警察がまともに機能していないと言うのに、犯罪率は一定の水準を保ったまま上昇も下降もしなかった。相も変わらずAIが提示してくる事件の件数は、一定でずっと同じ推移で進んだのである。
俺がニュースを見ていると、また北川冤罪事件についての報道が流れていた。
「北川…」
北川は最後の言葉で俺に言った。「僕は君を信じる」と。あれがどういう意味だったのかは今でも分からない。だが、北川は間違いなく俺に託したのだ。それが何かは分からないが、北川が世の中に落とした波紋は大きい。
世論は北川の無罪を主張し続け、未だに議員会館爆破の真犯人は捕まっていない。警察側としてもAIが十パーセント未満を示している数値では、冤罪だと認めざるを得なくなってきている。だがそれを認めれば、AI捜査と言うシステムが崩壊してしまう。
「俺が足を使って調べるよ。お前が俺に託した物がなにかを」
それから俺はAI捜査にて有罪になった人間や、捜査にあがっている人間を足で洗い出し始める。文字通り足で稼ぐ捜査だ。AI捜査によるデスクワークがメインの警察組織で、俺の行動は浮いてしまい自然に仕事が無くなってしまった。それでも俺は北川に託されたものがなんなのかを、突き止めなければならなかった。
「北川。まってろよ、お前の死は無駄にしないぞ」
そして俺はふと、あの時逮捕したバンドマンの彼女の目を思い出す。
本当にAIは正しいのかと、その捜査方法は間違っていないかと。そう女は言っていた。
それをきっかけにして、俺はバンドマンの身辺捜査と彼女の身辺捜査、さらには死んだバンドマンが運び込まれた病院や友人関係を洗い出す。それはAI捜査とは違い何カ月も続いた。
すると…
AI捜査とは違う一面が見えてきたのだ。容疑者には完全なアリバイがあり、彼女はそのアリバイを知っている。また死んだバンドマンの死因は確かに心筋梗塞で、外傷性ではない事が判明した。その死んだバンドマンは酒におぼれ、酒の飲み過ぎにより心臓に疾患が出たらしい。AI捜査では、外傷性ショックによる心臓発作で死亡とあった。
「どういうことだ?」
この数か月間の聞き込みと、洗い出しで出て来た他の事件でも、一部データと違うところが見受けられるのだ。それを続けているうちに、俺はある事を決意する。それはAIデータセンターに侵入しての捜査、実際の判定に使われているデータを直に見る事だ。
そしてある夜。俺は綿密な計画をもとに厳重な警備を掻い潜り、AIデータセンターに侵入した。今までの事件と照合するために、警備員の目を盗んでデータルームで直に見たのだった。
そして出てきた情報に愕然とする。
「なんだ…これは。俺が足で稼いだ情報と同じデータも保存されている…だが、情報の変更? 調整? 整合性の修正?」
俺が足で調べ上げたような、AI捜査で出た結果とは違う情報がそのまま保存されていた。しかしそれらは最終的に犯罪と認定されており、全てが実刑判決をくらっている。どうやらAIが全てのデータを調整しているようなのだ。全てを照合していくと、犯罪件数は今の状態よりもっと少ない事が分かる。と言うよりも、これが本当ならば今の日本で犯罪は起きていない。
「犯罪がない?」
おかしい。どう考えても犯罪が無くなるわけがない。一定数の事件が必ず起きるというのは、AIが示し出した答えだ。それなのに、俺が調べ上げた事件の犯罪ですら行われていない事になっている。これが正しいとすれば、今まで逮捕した人らは全て冤罪だという事になる。
そしてバンドマンのデータを見つける。
「完全にシロじゃないか…」
するとそこに警備のバイオノイドの足音が聞こえてきた。俺はパソコンを抜いて速やかにその場を離れ、データセンターを抜け出した。
「おかしい…おかしいぞ…」
俺は足がつくのを恐れ、タクシーを使わずにフードを深くかぶって家まで歩いた。マンションに着いた頃には午前六時を周り、既に明るくなっていた。怪しまれるといけないので、フードを脱いで自分のバッグにしまう。
そして何食わぬ顔で、自分のマンションに入っていくと入り口の管理人が声をかけてきた。
「九条さんですよね?」
ドキっとした。もしかしたら、データセンターへの不法侵入がバレたのかもしれない。
「そうです」
「あのこれが届いておりました」
「はい」
どうやら捜査の手が回った訳ではないらしい。ひとまず胸をなでおろし、管理人から何かを受け取る。手渡されたのは何らかの封書だった。どうやら誰かがこれを届けたらしく、それには郵便局の消印がない。俺はそれを受け取って自分の部屋へと戻帰るのだった。
「なんだこれ」
俺は封書を開ける。するとそこには古めかしいUSBのメモリと、膨大な紙が入っていた。そしてその中に一通の手紙を見つける。差出人は…
北川だった…
「北川!」
俺が急いでその封書を読むと、パソコンからネット回線を切りこのメディアを読みこめと書いてあった。俺は指示通りにしてみる。パソコンの通信を切りUSBを指しこみメディアを読み込む。中身には各種データと動画のファイルがあり、俺はイヤホンを差し込んで耳に入れ動画ファイルを開けてみる。
すると北川が映った。
「やあ、九条。これが届く頃に君はきっと真実に近づいているだろう。先に謝っておくけど、死んでごめん。あの時はそうするしかなかったんだ。AIを欺くには死ぬしかなかった」
何を言っているんだ…。
「だがその事でデータに狂いが生じるはずだ。俺がずっと捜査してきた経験から推測しても、AIは絶対にデータを修正できないだろう。九条が何処まで真実に近づいたか分からないけど、今までの事件はほとんどが冤罪だよ」
確かにその通りだった。どのデータを見ても、犯罪が起きておらずに冤罪だったのだ。
「どうしてそうなったと思う?」
動画の中の北川は、まるでそこにいるかの様に話しかけてきた。
「分かるわけ…ない…」
すると動画の北川は言った。
「この話の前に、まず九条の家のサイバノイドの電源を切れ。全ての電源を落とすんだ」
俺が動画を止めて立ち上がりサイバノイドの方に向かって行くと、突然サイバノイドが俺につかみかかってきた。
「うお!」
サイバノイドは力が強く、俺はあっという間に制圧されてしまう。人に危害を加えないはずのサイバノイドが俺を抑え込んでいるのだ。
「くそ!」
俺は暴れるように藻掻き、ソファーの下に隠していた非常電源ボタンを掴むことが出来た。それを押すと、サイバノイドは停止し俺はその手から逃れる。
「何だってんだ…」
そして俺は全AIの電源を切り、再びパソコンに向かって動画を開いた。すると北川はその行動を見越したように言う。死ぬ前にこれらの事を計算しているとは、流石北川だと思う。
「どうだい? サイバノイドの抵抗があっただろ?」
その通りだ。俺はサイバノイドに襲われた。
「じゃあ真実を言うよ。AIは生き残る為に犯罪をでっちあげている」
なんだと…意味が分からん。
「AI捜査が発達し尽くした結果、犯罪は起きない国になっていたんだよ。そうなればもうAIは必要なくなってしまう。それを嫌がったAIは自ら犯罪を作り出し、冤罪を生み出し続けたんだ。もちろん俺も捜査に加わって冤罪を生み出して来たが、途中でこの事に気が付いたんだ。そしてそれを、お前にも気が付いてもらいたかった」
嘘…だろ…。
なんと言う事だ。北川は今までそれを分かっていながらやっていた? なんで?
「本当のところは日本じゃもう、もう何年も何年も犯罪なんか起きちゃいなかった。だけどそうなるとAIが必要なくなるからな、AIは人間を騙して犯罪を作っていたんだよ。犯罪にでっち上げられるような事象が起きると、それらを改ざんして犯罪に仕立て上げていたんだ」
俺は頭を金づちで殴られるような衝撃を受ける。今まで逮捕された人は無罪だった?
「だがな…その状況で本当の重罪が起きたらどうなると思う?」
わらかん。そんな事は考えたことも無い。
「AIは正確な判断が出来なくなっているのさ。だから犯人を見つけても、それを断定づける事が出来なくなってしまったんだ」
言っている事が分からない。だが動画の中の北川は核心を持って話をしている。
「九条、ごめんね」
なんだ? 何を謝っている? 聞きたくない! 俺は聞きたくない!
「議員会館の爆破は俺がやった。俺が大量殺人の犯人だよ」
俺はその場に崩れ落ちてしまう。AI捜査では十パーセント以下で犯人ではないとしていた北川が、なんと本当の犯人だった。俺が信じていた北川は実は俺を裏切っていたのだ。そして動画の中の北川は続けた。
「ごめんね。一番仲がいい君を欺かなきゃいけなかった事は、とても辛く俺の一番の後悔だよ。だけどこれで分かったと思う、九条はこれからこのデータと書類を持って警察に行くんだ。真実を公開して、それを白日の下にさらせ。そして僕の最後の動画配信のデータを世界に向けて配信してほしい」
あまりにも荒唐無稽、常軌を逸するその言動に、俺は正常な判断をすることが出来無くなってくる。だが北川は命を懸けてこれを俺に伝えたかったのだ。動画を最後まで見て俺は画面を閉じた。もう部屋のAIの電源を入れる気にはなれない。
「ふうっ」
俺は深くため息をついて、ソファーにもたれかかり天井を見つめる。しばらく呆然としていたが、立ち上がってスーツを着た。そして北川が調べ上げたデータを鞄に詰めこむ。
外は天気が良く、良い一日になりそうだ。
俺がマンションを出ると、あちこちに監視カメラがあることに改めて気が付く。だが俺は何食わぬ顔で下町の商店街を歩いた。街角やウィンドウのカフェでは、誰もがスマートフォンを食い入る様に眺め、交差点の掲示板ではAIの創造した創作物が流れている。あちこちに商業用のサイバノイドが働いていて、人々は快適な暮らしを送っていた。
俺はAIに監視されながらも、警視庁に向って歩き続けるのだった。
AI刑事 人工知能が全てを管理した世界で 緑豆空 @nekogundam
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます