第百九十二話 モブの苦悩

からん……、ドアについた時代遅れのベルが乾いた音を立てる。一人になりたいと、プレクスを港に止め、ぶらぶらと屍の様な足取りで繁華街を通りすぎ。ジャンク街を通り過ぎ、そしてスラム街の手前にある小さなバーに足を踏み入れた。



「いらっしゃい」



自身が艦族を始めた頃、初仕事を終えて相棒と二人で入った小さなバーの様な佇まいが見え。吸い込まれるように入ってしまっていた。


「これで何かロックのウィスキーとつまめるもん頼めるかい?」すっと札を一枚だすと一番奥のカウンター席に座る。まだ、昼間だからか客は自分一人だった。


老人とモブが無言になり、老人が丸氷をグラスにいれてコハクが輝き。これまた、時代おくれのジャズがゆったりと流れる。モブも、小さな丸い椅子に座って煙草に火をつけた。

「お待ちどうさまです」「あぁ…………」それだけ言うと、グラスに口をつけ芳醇な香りが鼻に抜けるのを感じた。煙草の煙でバカになった筈の、鼻でさえ豊かに感じられる程のスモーキーさに思わずモブの顔が綻ぶ。



「おいおい、これはかなり良い奴だろ?」そういうモブに老人は肩を竦めて、鼻息を一つ鳴らす。「お客さん、私は任された額に相応しいお酒を出しただけですよ?」「そうかい……」それだけ言うと、老人はツマミらしきものをこさえる為に後ろを向いてしまった。


舐める様に、ちびちびとやりながらツマミを待つ間。紫煙が空へ昇るのをゆったりと待った。小さめのジャズの音を遮る様に、古ぼけたラジオからニュースが流れ。アンリクレズが起こした惨劇が、緊急として流れてくる。新種の宇宙生物か?! みたいなノリで喋っているキャスターに思わずアホくさと苦笑した。


(ちげぇよ、そいつをやったのは宇宙生物でもなけりゃ自然現象でもねぇ。遺産さ)


モブは艦族であり、遺産を探して宇宙を旅する。だが、モブが今まで見て来た遺産はギズモの様な便利グッズであったり、便利なパーツであったりだった。


楽しかった響との日々が頭をよぎり、シャリーやフランやセリグやフェティの顔が次々と頭に浮かんでは消えた。


「お待ちどうさま」そういって、眼の前に置かれた品を見てモブが眼を見開いた。

「こりゃ、ハムカツじゃねぇか!」「お嫌いで?」「逆だ、大好きさ」親指を立てるとマスターは頷いてソースをことりと置いた。一口かじると、モブが思わず膝を叩く。


「マスター、バーより飯屋の方がいいんじゃね?」「誉め言葉だと受け取って置きましょう」そういうと、初めてマスターがモブに向かって薄く笑う。


さっきまで、幽霊な顔をしていたモブが顔色はまだだが。それを隠すように、静かに笑った。「お客さん、この星の人じゃないね」「あぁ、俺は艦族だよ」「そうですか」「艦族が昼間から酒飲んでちゃいけないかい?」「まさか……、何処の誰が飲み食いしようが関係ありませんな。料金を払い、ルールを守り、私の出すものをウマいと言ってくれるならそりゃお客さんだ。金額並のものは提供させてもらいますよ」「いい店だな」「どうも」

軽く会釈をするマスターに、これでまずいとか言う奴の気がしれねぇなとだけ言うとモリモリ食べる。昨日の夕食が粥だった事もあり、体に塩と油がいい塩梅で染みていく。


「ごちそうさん」それだけいうと、空になったグラスと皿を丁寧に置いた。マスターは「場所が場所ですからね、難癖いう方はいらっしゃる」そういって、モブが入って来たドアを見た。「繁華街に出さないのかい?」「金がありませんよ」「せちが無いねぇ……」


お互い、そういうとくつくつと笑った。「楽しい時間だったぜ、ありがとよ」モブがそういって外へ出ていく。「いえいえ、こんな気前よく払ってくれるお大尽様はここじゃ珍しいですからね」そういって、腰を折った。


モブがドアを開けると、丁度赤い夕陽が地平線に消えるような時間。


「このまま、眼を閉じたなら。あの頃の夢でも見られるかな」とそんな事を呟く。

俺はさ、頑張って来たんだ。だけど、あの優秀な相棒みてるとさ。俺の席あんのかよってずっと思ってしまっている自分がいた。



気がつけば、ゴミ袋の山をソファー代わりに空を見上げていた。



あの空へ上がりたくて、プレクスを作り。あの空を渡って星から星へ。

酒の香りに溺れていても、胡坐をかいてゴミ袋に背を預け。


まるで、そこが自分の故郷で揺り籠の様な気さえしてきた。


「何やってるっスか?」「あ? あぁ、空見てたんだよ。こうしてゴミ袋に背中預けてると故郷でゴミの山で寝てた事思い出してさ」


そう言われた瞬間、響が苦笑いに変わる。「懐かしいっスね、俺達が子供の頃は二人でいつか宇宙にあがろうぜってよく阿保みたいな事言ってたっス」


「実現したじゃねぇか」「むしろ上がった後の方が大変だったッスよ……」クソまずい保存食食いながら凌いだ日々を懐かしいとさえ感じた。



「クレズ、どうしたんだよ」「プレクスに置いてきたッスよ」「そうか」


二人で、もう一度ゴミ袋に寝ころぶと暗い星空に雪の様にちらつく星が沢山見えた。


「艦長」「なんだよ」「艦長がプレクスから叩き出さない限り、俺はプレクス以外乗る気ね~ッスから」「バカいえ、俺達が艦長決めた方法考えりゃ俺にそれが出来る筈がねぇ。プレクスの艦長はどっちでも良かったんだからよ」



男二人で、再び空を見上げる。そして、二人で馬鹿笑いした。


「帰るか!」「そうっスね、殺されないように風呂屋に寄ってから帰るッス」


あっと言った顔になるモブ、溜息を零す響。


「昔とは違って、艦もにぎやかになったんスから気を使って欲しいッス」

「そうだな……、気持ちは忘れずに。風呂も忘れずにだな」


そういって、二人で立ち上がるとゆっくりと歩き出した。

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