第百九十三話 少女の願い
モブが落ち込んで居ながらも、仕事だけはきちんとこなしている中でシャリーはモブからはプレクスの修理を。響からは操作やソフトの事を習っていた。少しでも、任せてもらう事を増やしたい。いつかは、モブと響の二人の中に自分も入って活躍したいと。
(あの時も、先日も私は結局何も出来なかった)
その事実が、彼女を勉強に向かわせていた。しかし、響は焦りすぎっスと苦笑しながら「気持ちは解るッスけど」と座椅子に背を預けながらミカンを頬張っていた。
「モブさん、最近修理が終わるといなくなっちゃうの。私の事が嫌いになったのかな……」とシャリーが尋ねると「逆っスよ、艦長はシャリーちゃんが好きだから。煙草や酒飲むときは艦内に居たくないんスよ」「お義母さんは、お酒飲んでるよ?」シャリーが指を指した先で、今日三十本目のカップ酒をあけようとしていたフランが「ん?」みたいな顔で指を指したシャリーを一瞬見た。
「人にも色々あるんスよ、フランさんはそういうの気にならない人だし。反対に、艦長はめっちゃ気にするタイプって事っス。プレクスの設計思想の随所に安全マージンを多めにとってるのはシャリーちゃんなら判る筈ッス」と言われると、シャリーも納得した。「大雑把に見えて、艦長は無茶苦茶繊細なんスよ」とミカンを頬張りながら言った。
「だから……、恐らく今頃は悩みまくって。ゴミの山の中でねてんじゃね~ッスか?」「あいつは悩むとゴミ捨て場行くのか?」フランが尋ねると「俺達は、元々ゴミの山で子供の頃を過ごしたんっス。だったら、深刻な悩みがある時はプレクスよりも街のゴミ捨て場の方が確実ッスよ。揺り籠みたいなもんスからね」
だからシャリーちゃんが気にする必要は全くないッス、心の整理がつけば戻ってくるッスよと響は笑った。それより、問題はアンリクレズだ。響は、鍵としてのヴェルナーが何を引き起こしたのかを数値で見ていた。
もはや、それは核が服を着て歩いている様なもの。
ふと、ミカンをむく手が一瞬止まる。そして、まるでお手玉の様にミカンを上にほおり投げてはクルクルと両手で回した。
それをみて、シャリーは珍しく柔らかく笑う。フランも、面白がってどんどんとミカンの数を増やしていった。アンリクレズは、じっと響のやる事を柔らかな笑みを浮かべて見ていた。「人は一見他の人から見れば、無意味だったりする事を心の拠り所にしてる事もあるんすよ」と話す。
フランさんだって酒飲んでるじゃないスか、俺もこうしてなんか手を動かしたりするんすよ。そう言われると、フランもあぁ……と何となく意味が判ったような顔を浮かべる。
「確かにな、そういうのが無い人間ってのは脆い。どんな逆境でも、どんだけ不利な状況でも支えがあるからこそ踏ん張りもきく」フランはアンリクレズの方を見ると「合理性で出来た機械には判らないかもしれないんだけどよ」と笑った。
アンリクレズは、いつも通りすました顔で響の肩に座っている。
この機械の妖精は、響が起きている時はほぼここに居ると言ってもいい。しかし、こうした僅かな機敏でさえ。アンリクレズは貧欲に学習をしているのだ、そこがそんじょそこらの機械とは訳が違う。
響がお手玉していたミカンを籠に全部戻すと、一つだけ新しいミカンを手に取ってまた皮を剥き始める。眼球の中のレンズが収縮し、常に学習をくりかしている。
そんななかでも、響はシャリーに焦って欲しくなかった。自分やモブはかつてゴミ捨て場から這い上がってきた時に失敗して、何度も何度も失敗して今がある。彼女には少しでも、そんな茨の道を歩いて欲しく無くて。焦るシャリーの気持ちが、モブや響には痛い程判っているからだ。
フランも、ゴミ捨て場育ちと聞いた時から。もしかしたら、自分と同じなんじゃないかと思っていた。道理で、既知感や安心感があるはずだと。
男のフリをして、傭兵の門を叩いた時にフランにはこの道しか選べなかった。
「シャリーちゃん、艦長はヘタレっスけど。立ち直れないボンクラじゃねぇっスから、待ってあげて欲しいっスよ」そういうと、今度はトランプでピラミッドを作り始める。
シャリーは、アンリクレズ同様に響のそんな様子を見ていた。フランは、カップ酒を更に空にすると空になった酒をキッチンにもっていった。後で洗ってから捨てないと、この星では行政に怒られるからだ。星によってルールもまちまち、渡り鳥は都度そういった事を覚えていく必要がある。
それでも、やはりシャリーの眼にはモブは眩しく映るらしく。
「乗ってる時は凄くかっこいいんだけどなぁ……」とうっかり本音が漏れ、フランが判るわ~みたいな表情になる。「艦から一歩でも降りたら、繊細な割にだらしないッスからね」と言うとシャリーは何とも言えない表情になりながらため息をつく。
ただ、それで肩の力はかなり抜けたらしく。響が夜中に結局心配になって探しにいくまで、その日は一日休むことが出来たのはかなりの朗報だと言えた。
プレクスの乗組員は、モブで繋がっている。機械の少女と人間の少女は、最近ずっとそれを想う。だから、この時間が長く続きますようにとそんな事を願っていた。
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