第百八十七話 交差する閃光

蒼い線を描きながら、プレクスとオレルビスのドックファイトは尚も続いていた。


数秒が、何時間にも引き延ばされている様な緊張とお互いが余りに速すぎて後方から追撃するナイトメアの照準が殆ど機能していない。プレクスが急減速して直ぐに再加速し、オレルビスの後ろを何度も取るが直ぐに切り返されて追いかけられていた。



「ド畜生!」モブはずっと、顔中に汗を滴らせながら必死に急減速と急加速をタイミングよくずらしプレクスを左右に回転させた。各推進機がフルパワーで動き続け、吐き出すエーテルがまるでクリスマスツリーの飾りの様に宇宙で輝く。



ギャラルホルンもフル稼働している以上、袋に引っ込める事もできずここが宇宙空間でなければとっくに何処かに激突させておかしくない。


「だ~、かき回し過ぎっス! 上も腹も横も頭がこんがらがるッス!!」

「しゃーねぇだろ! こんだけ振り回して直ぐついてくるんだぞ!!」



モブは、いつもの両手でハンドルを持ってるスタイルすら捨てている。

乃ち、左のワンハンドで舵を持ってそれ以外の操作を全て右で行うスタイル。左で操舵を引けばプレクスは頭を持ち上げ押し込めば下がる。それを、片手でやっている。



(艦長が本気で振り回してついてくるとか……冗談じゃねぇッスよ!)


車で言えば、ディスクブレーキを勢いよく踏めば摩擦で赤く光るし。ハンドブレーキを勢いよく引けばワイヤーに負担がかかって最悪は切れてしまう。だからこそ、速度の出る新幹線等は何重にも減速する機構が盛り込まれている。


速度と質量というのは、容易く人に牙をむく。


マッハ十五以上で宇宙を翔け抜けているのに、まだミリ単位で砲撃を回避できているモブが異常と言える。響は運転と機械技術以外取柄の無い男だと言うが、その運転技術はAIアンリクレズすら驚嘆と瞠目に値する程。


さっきも、三十ライン以上の同時砲撃をカンで躱す。それこそ、アンリクレズの情報はさっきから数字で角度と速度だけ表示させているのだ。


人が機械を超えていく、人が機械と戦える程に高められた技術。

さっき無言でセリグが、コーヒーを置けばペダル以外の全てから一旦手を放し。二回ふ~ふ~と息を吹きかけてからゆっくり飲んで空になった紙カップを床に無言で投げ捨てた。

それを、セリグが無言で回収すると思わず苦笑した。「凄い集中力ですね」「ぶっとんでやがんな」そんな事をフランもこぼした。


何度も並び、交差し、その度に眼を見開いてタイミングを図りながら。後を引く光がリボンの様に絡まって。後方のナイトメアに乗っている全ての軍人を魅了する。


シャリーも、フェティも、フランも、セリグも宇宙を飛んでいるゴミや小さな隕石の横を掠める様に飛ぶプレクスの中に居ながらその凄まじさを実感していた。


かつて、女神を取りに行くときへばっていた男。

かつて、ワガママに節約を嫌っていた男

かつて、一人でプレクスのハードをジャンクから作り出した男。


まるで、自身の手足の様にそれを操り。内も外も髪の毛一本単位で掌握している様な挙動。「だから言ったッス、運転と機械弄るしか能の無い男だって」


(そこだけ、優れまくってるに決まってるじゃねぇ~っスか……)


「もうすぐ、目的地の隕石群だぜ」それだけ言うと、プレクスをまるでブーメランの様な機動で突入させる。その挙動にオレルビスが何度も何度も体のあちこちからエーテルバーニアを噴いて対応しているが。それを人間が乗っていないからできる軌道で向かっていくが、人の乗っているプレクスでそれ以上のラインを攻め込む。


ちらりと、見ればクマドリの維持エネルギーが半分を割り込んでいる。


(一発勝負だが、それはいつもの事だっての)


モブが、勢いよく弾く様にカセットジャンプのスイッチの蓋をあけてタイミングを計る。

「シャリー! 響! まだ行けるか?」その言葉に「大丈夫!」とシャリーが先に力強く返事を返した。響も「誰に言ってんスか、前向いてさっさと決めて後ろのハエを隕石にぶつけてやるっス!」と怒鳴る。


眼の前に、軽く直径で二百メートルはありそうなおあつらえ向き隕石があったので。真下方向から真上に向かってプレクスが突っ込んでいく。



「いけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」



モブが叫びながら、カセットジャンプのスイッチを入れプレクスが虚数空間にスライド。隕石の中をすり抜け、モブが会心の出来だと後ろを振り向いた。


しかし、そこには右腕こそ失ったものの修復が始まっているオレルビスがその眼孔をプレクスに向けて睨みつけていて。


「うへぇ」それを一瞬だけ見て、モブが思わず舌を出しながらゲッソリとしつつ。


あれを腕一本で済ましたって事かよ。次は同じようにやっても当たってくれねぇだろうし、これどうすんだ……。


そうは思っていても、体は直ぐ反応してベタ踏みしながら再び限界まで加速する。



「敵、ヒミコとインソロアとヤンカシュより一斉射撃来ます!」


オレルビスだけじゃなく、他の艦も振り回して進めない間にどんどん来ちまってる……。


アンリクレズからの警告に、「シャリー! 守りきれるか?」「厳しいかもっ!」「響、ギャラルを全部シャリーのアシストに回せ!」「うっス!」


モブは、各計器を見ながら頭を抱えていた。

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