第百八十話 再出発

「うしっ!」力強い声とともにモブが立ち上がり、シャリーの方に駆け寄ると何度もありがとうと手を握って上下に振った。


結局、無事な部品をシャリーに仕分けしてもらって一つの推進機に集約。二個だけ何とか復旧させ、クレズの袋を経由してプレクスの外に出し接続。


数日ぶりに、推進機が稼働してプレクス内に水と酸素が供給されていく。


「推進機一と二共に問題なしッス」響が稼働状態をチェックし、シャリーの初仕事は成功と言えた。シャリーもモブが手を離した後で、小さく拳を握りしめてガッツポーズをして「やった~」と思わず声がでて自分の口を慌てておさえる。



「やったね、お兄さん!」「あぁ! これで風呂無し生活とはおさらばだっ!!」

その言葉に、思わずずっこける「お兄さん、私よりお風呂好きだよね~」。


ここ数日、水を節約する為にご飯とトイレはいつも通りだったけど。自由に飲んでいたココアや紅茶は節約をお願いされていた。それでも、お義母さん曰く「この状況で禁止されてなくて、節約で済まされてるって異常だぞ?」と笑いをこらえながら言っていたのが少し引っかかっていた。お義母さんの話では、傭兵や殆どの艦族の艦では禁止になって何日もご飯抜きの水抜きのエネルギー節約で暖房無しになって宇宙で凍えて死ぬ奴がでるなんて掃いて捨てる程ある話だからなと笑っていた。


その言葉に、お兄さんは「何言ってんだ、禁止したら俺が困るだろうが」と返してお母さんは呆れたように肩を竦めていたっけ……。



「これで、速度はでねぇが水とかの節約は解除だな」嬉しそうに何度も体を揺らしていた。そんな、モブの姿を見てシャリーも手伝って良かったと心から思う。



「艦長、これで取り敢えず移動可能になったッス。近くのマクフォスまで二週間位かかるっスよ」響のその台詞を聞いてうきうき体を揺らしていたモブが固まる。


「え? そんな時間かかんの?」「推進機は二個しか動いてねぇんス、速度が全然でないんスよ」あっそっかみたいな感じで拳を手のひらにポンとうちつける動作をすると「飲み物とか風呂には支障がないんだよな?」「この状況下で節約で、しかも任意にお願いで済ませてる艦長は宇宙でアンタだけっス」早くコクピットに来て指示くれッスと艦内通信で文句をいいつつ。「シャリーちゃん、お疲れ様ッス。アホはほっといてセリグさんに温かいもんでも貰ってゆっくりして欲しいッス」「そうするね♪」そういっていつもの掘りごたつの部屋に向かっていくシャリーの背中をモブは見ながら。「俺も休みてぇ~」とぼやいていた。



モブがコクピットに面倒そうに座ると、「指示だけ出してくれたら、自動運転セットしてそうしたら休めるっスからもうひと踏ん張りしてほしいッス。プレクスは飛ばないと水も酸素も作れねぇんス」節約生活に戻りたいんスか?と尋ねると高速で首を横に振る。



やり取りを見ていたフェティが艦長らしいわと笑うと、バツが悪そうに頭をかいた。

「確かに、俺が現役軍人だった頃はこんな恵まれた艦があるなんて思いもしませんでしたよ。折角支給された水が凍って飲めないから手で温めて少しずつ溶かして飲んだとか、経験ありますし」「俺も傭兵の艦で、水が足りなくて酒飲んでたりな……」二人がしみじみ思い出すように悲しみにくれていると。「ほら見るっス、うちは金はなくても水と酸素で困ったのなんて久しぶり過ぎて俺もびっくりッスよ。それだけ、深刻なんスよ」


流石に全員に詰め寄られて、文字通りモブがしぼんでいく。

それでも、艦長とシャリーが頑張って推進機を直したから後は飛ぶだけで済むんスよと響がモブの背中を叩く。


「ほんじゃ、自動運転セットしたらみんなで記念のすき焼きでも食うか!」「すき焼きの肉がねぇッスよ。肉無しのすき焼きならできるっスよね? セリグさん」「はい、申し訳ございませんが城でお肉を大量に使ってしまいまして……」料金は貰ったけれど余りの好評具合に材料を持ち出した事を説明するセリグ。


「すき焼きで肉無しとかね~だろ~」「じゃ、すき焼きは無理っス」がっくりと肩を落とすモブに三人の大人がこいつ本当大丈夫かみたいな顔を向けた。


「大体うちは貧乏何スよ、貧乏と言えば保存食とか歯磨き粉のチューブみたいな宇宙食と相場が決まってるッス。宇宙で野菜や鍋食ってる艦も小型艦じゃうち位ッスよ……」


「確かにそうだな、もう慣れたが」「セリグとクレズさんには、感謝しなくっちゃ」とフェティも追従した。肉が無いとしるとさらにしぼんでいるモブ。


「お肉はございませんが、ベーコンならありますからサラダとベーコンをのせた丼等をご用意いたします」「セリグ、甘やかしすぎじゃね?」フランがセリグに言うが、セリグもフェティが肘でこずいて微笑むので負けた形だ。「勿論、今日は特別ですので次の星まで肉もベーコンもなくなります」とセリグが念押しするがモブは「それでいい」と真顔で頷いた。「かしこまりました」と一礼してセリグがキッチンに消えていく。


フェティが「艦長はお肉好きなんです?」と尋ねるとモブは力強く頷いた。「貧乏だから滅多に食えるもんじゃねぇッスけどね」ベーコンの丼だけでウキウキになっているモブの横で小声で説明するとフェティがまぁと口を押えながら微笑む。



「艦長、推進機はもう一つ二つ直らねぇっスか?」と真顔で聞くと「あぁ、腰据えて直さないとダメだ。全損しちまったから、かき集めても二つしか直らなかった」それだけ言うと港ついたら本格的にやるさと頭をかいた。「ギャラルホルンも袋にしまってもらったッス、エネルギーが無さ過ぎるッス」それだけ言うと自動運転をセットし始めた。


その日の夕食は、久しぶりに不安の無い状態で食べる笑顔の溢れる食卓だった。

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