第百七十五話 メメント・モリ

「これでも、くらっとくッス!」トリガーを引いた瞬間それは起こった。


まるでステージ上のスポットライトの様に、青白い光がギャラルホルンから一筋伸びていき、響が指定した場所を貫く。だが、その次の瞬間モブは真っ青になり唇を震わせ。


フランとセリグは思わず前のめりになり、響に至っては自分がやってしまった結果にたいして大量の汗を垂れ流していた。



「あの…さ、俺眼が腐ったのかな。あいつのどてっ腹にデカい風穴があいている様に見えるんだが…………」「スマン、俺の眼にも向こうがわがはっきり見える」「俺の眼も老眼なんですかね」と全員が響の方を見た瞬間。響は脂汗をだらだら流しながら、壊れたブリキの様な音を立てながら肩に乗っているアンリクレズを見た。


アンリクレズは満足げにどや顔をしていたが、響が自分の方を向くや否や「何か?」みたいな顔で命令を待つ。


「クレズさん、あれは何なんスか?。一機だけなら威力は出ないってクレズさんはライブラリでみせてくれたはずっス」「俺が頑張って回避した意味よ……」気分的にはorzになっているモブの背中をセリグがさする。


「はい、ギャラルホルンはデフォルトの状態での一機では威力は出ません」「どう見ても、ナイトメアのそれも中型艦以上のものに風穴あいてるじゃね~っスか!」


「これを良くご覧ください響様」アンリクレズが出したのは、ギャラルホルンの説明書だ。流石にそれを出されると自分達にも見落としがあったように感じたので響はざっとではなくまるで騙しに来た営業マンの契約書でも見る様に一字一字丁寧に追っていく。


「もしかして、これが原因っスか」震える指先でモード:メメントモリの注意事項のうちの一つを指さした。曰く、メメントモリはギャラルホルンの砲撃モードになる。「死を想えの言葉通りの効果が得られるだろう。メメントモリモード一機あたりの威力は現時点で所有している虚数領域のサイズに比例して威力が上がる。消費エネルギーは固定で一撃あたりの消費は変わらない」響は袋の説明書を思い出して読み直し、そして頭を抱えた。



袋の説明書には「所有者が変わらない限り、アンリクレズがあれば上限無く広げ続ける事が出来る」と。「クレズさん、もしかして袋の上限も虚数領域にカウントされてるっスか……」「はい、響様。袋は私の機能として統合された後は私の管理下において、広げる事は出来るが小さくは出来ない虚数領域として機能いたします。マスターが変わらない限りリセットはされません。どうしても、威力を下げたい場合はメメントモリモードの出力を絞って頂く必要があります。威力を下げた所で、消費エネルギーは固定なのでエネルギー効率としては変わりません」


「えっと、つまりこういう事か?。俺らは食料やらジャンクやらを大量にクレズに預けてる。クレズは、その預かりものを保持する為に袋を拡張させた。袋の拡張は一方通行で、ギャラルは全ての所持している虚数領域のサイズ分だけ威力が上がり。袋の虚数領域を含むアンリクレズが持っている機能六個分の領域サイズで何の制限も無しにブッパしたら現在はあの威力になると……」


「はい、艦長。その通りです」


「響君、責任の一端は俺らにもある。わりぃ」モブが頭を下げると、シャリーもフェティもフランもセリグもみんな頭を下げた。「俺も説明書を流し読みしてて、注意事項読めてなかったッス。それにしても、それなら防御する必要も逃げ回る必要もそもそもなかったッス」「アンリクレズは、響様を凄腕エンジニアと認識。テストのつもりでは?と」


そんな、命がけのテストなんかしね~ッスよ!と響が悲鳴を上げた。


「アンリクレズは認識を修正致しました」


「ディアムの再生が無いって事は、炉も完全に消滅したって事だよな?」フランがモニターに映っているディアムを指さした。


取り敢えず、徐々に当初の計画通り遠ざかってはいるが、防御衛星もメメントモリの光線に巻き込んだものは全て消滅していた。


「俺、今好き放題ジャンクをクレズに預けた事クッソ後悔してる」

「俺も、食材や調理器具をこれでもかと預けておりました」

「俺も、本とかデータとか満タンにならない倉庫最高!とか言って預けまくってたっス」「私も、買い物とか思い出の品とか一杯預かってもらってる」


次々と、ディアムから離れるプレクスの中で懺悔の呟きが聞こえてくる。


シャリーやフェティの呟きに、フランがあ~みたいな顔で頭をかいて頬を赤くしていた。当のアンリクレズは響の声にだけ笑顔で反応し「ご要望があれば、まだ広げられます」と返した。


ゲートの大きさはアンリクレズの出力だが、保持できる量は虚数領域のサイズ。

「当面満タンが来ない限り、広げなくていいっス」「畏まりました」


もう、徹夜で二十連勤過ごした様な疲れ切った顔で響はクレズに釘をさす。

「どの位の速度で領域は広げられるっスか」「広げる事自体は一秒もかかりませんが、その後それらをインデックスする必要があります。インデックスされた部分しか虚数領域にはカウントされません。インデックスする速度は統合している機能数で決定いたします」「判ったッス」「現在の皆さまの利用状況を顧みて、袋はかなり大きめに拡張しております」


ペコリと頭を下げる、アンリクレズ。全クルー自業自得なので、お通夜みたいな空気が漂う。


「当面は、メメントモリの出力を三十%を初期値として設定。要望した時だけ威力を上げてもらう事は出来るっスか?」「可能です、その様に設定を変更いたしますか?」「頼むッス」


「しかし、あんなデカいナイトメアの装甲ごとぶち抜くとはな」「俺が、弱点探った意味よ……」「すいませんッス、俺もあんな苦労して防御する意味が無かったッス……」


「だが、それはむやみに撃たない様にしないと」「あぁ、こっちのエネルギー問題は解決してねぇんだ。それに、解決したら」「解決したら?」「ギャラルホルンで飛びて~!」パワーに酔い知れているモブに全員がジト目になる。「推進機で飛ばないと、俺らは酸素も水も手に入らねぇッス。大人しく推進機使うッス」


口を尖らせ少年の様なモブに、全員が何とも言えない表情で笑う。


デメテルを脱出した一行は、最後の錬金塔を求め再び宇宙へ飛び出していった。

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