第百五十九話 あいたい

「おい、響。シャリーちょっと来てくれ」モブがライブラリを読み解く二人を呼び寄せると二人もそれを覗き込む。


修理はまだ半端だが、休む合間に相変わらず三人はライブラリを覗いていた。


「これは、ヴァレリアス博士の……手紙?」

三人だけがライブラリをガッツリ読み込んでいたので、モブは二人を呼び出したというわけだ。


「ライブラリを手にしたものへ、これは伝言であり警告だ。このライブラリには私が知りうる全てのヴァレリアス・ナイトメアの全てが入っている。私の人生最後の作品は、兵器が二つとタイムマシンが一つになるだろう」この一文から始まるそれは紛れもない手紙だった。


これを手にしたのが技術者ならその価値が判るだろう、これを手にしたのが支配者であればこの世は地獄に変わるだろう。私は、その全てを一人しか持てない様にした。その人間が善良である事を心から祈る。私は、私の愛した人。私の師に会いたい、だから未来にはライブラリと娘を残していく。腹を痛めて生んだわけではないが、私の人生をかけ私の愛を注ぎ、私の力を二人の機械の娘に託す。私は、随分前に人を辞めてしまった。だが、師という人間が居た事を思えば人を信じる事を捨てたくないのだ。


もう私は、人として終わり。機械としても終ろうとしているが、終わりが近づく度。あの頃に戻りたいと願う様になった。日増しに、あの小さな艦で旅していた時の事を。血のつながらない母親と過ごしたあの時間に。だから、タイムマシンで旅に出ようと思う。


師と呼んだクルー達が居たあの日に帰りたい、私の願いはそれだけだ。

兵器には、人格と忠節を与え。娘として、自立させようと考えた。


かつての私達の様に、娘には自由に宇宙に存在して欲しい。

人を恨まない事を心より願う、私も私の師もそれは望みはしないだろう。


最期に、私が名乗るヴァレリアスはかつて師と仰いだ二人が金に困ると食べていた保存食のパッケージの名だ。私は、あれが人生最後の食事になった。機械の体になる前に、どんな旨いモノよりもかつての師が忘れられなくて食べたのがそれだった。


かつての師も私も、クソまずいと言いながら食べていた想い出だけが蘇るよ。

機械の体になって、何万年生きてもあのマズさが忘れられなくて。


「あれが、人としての最後の食事で私に後悔はない」


私は、いつも師の背中を追いかけていたよ。ついぞ、追いつける気はしなかったが。

何千年も、追いかけた背中さ。人類も数多の国も私の事を天才だの、人類最高の頭脳だと持ち上げるがね。私にとって、それは何の慰めにもなりはしなかった。



技術や知識や名声や金で、私が焦がれたあの日々は帰ってこないのだから。



「これが、博士の最後……」「一人で何千年も遺産を作り続けた人間の最後」「それでも最後にタイムマシンを作って、あの日に帰る事が出来たんッスかね」



三人が眼を閉じて、上をむく。それは、ほぼ同時に黙とうをささげる様だった。

「帰れてもさ、機械としても寿命が終わりそうって事は……」

「恐らく、自分を改造し続けて。培養しつづけたんだろうな」


「娘ってセブンスとティアドロップの事よね?」「あぁ」「サイボーグになって、何千年も記憶に残る程マズイ保存食が最後の飯って……やっぱ判んねッス」


「機械の体になって、人に愛想がつきかけて。それでも、かつての日々が忘れられなかったって。本当、機械になってこんだけ人間臭い感情が残るって……」


それでも、ナイトメアという人の業を見て人に絶望し研究し。それを、改良再構築してヴァレリアス体系の遺産を一人で作った。



「変態な上に、超人っスね」「まともな人間のやる事じゃねぇ」

「でも、少し判るかも」「え?」


シャリーは、もう一度その手紙を読み返す。


「私も、血のつながってない母親と師と呼べる二人と過ごしてるから」

あっとなるモブと響、その後二人は肩を竦め。師は大それすぎだとモブが苦笑した。


「私もきっと、今機械の体になったら。同じことを考えると思う、博士みたいになんでも作って時間を越えたりは出来ないけど。きっと、寂しくて同じことを考えると思う」


「腹を痛めた訳ではないが、文字通り全てを注いで命尽きる寸前に作ったAIか」

「少々性能盛りすぎて、知れば知る程技術者は挫折するんじゃないっスか」


ちがいねぇとモブと響が顔は笑っているが、眼は何処か笑っていなくて。


「可愛かったんだろ、娘がさ」「邪な人間に負けるなって、執念が伝わってくるッス」

「勝てるかな、ナイトメアに」「俺にはよ、ヴァレリアス博士の娘が何かに負けるなんて想像できねぇよ。ナイトメアも娘のスペックもこのライブラリにあるものを見る限り。この博士はマジでぱねぇ」「そうっスね……、こんなん使って負けたならそれこそ操る人間の脳みそがナメクジ以下出ない限り不可能ッスよ」女の執念ってなぁ、怖いねぇ。そう締めくくる。



だから、一人なんだろうな。二人に持たせるわけにはいかないから。

全面戦争で、間違いなく宇宙から命が消え失せる。



人を搾取する事に特化したナイトメアよりも、より効果的に殺せる兵器。

「少なくとも、俺達の視界に入ったナイトメアは潰す」「勿論っス、あんな壊した後も滅茶苦茶ゴキブリみたいにしぶとくて追い回してくるようなものがあったら。おちおち昼寝も出来ねッス」


(いつか、私もこの二人みたいになれるかな?)


そんな事を、シャリーは思っていた。

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