第百五十七話 ブラインドバースト
(任されたッスよ)
「全計器を視界に仮想表示、フットペダルから舵までを全て仮想キーボードで操作させて欲しいッス」クレズはじーじーと一秒音を立て直ぐに要請にこたえる。
プレクスの全てを操る為のフルキーボードが仮装で六枚、それを下唇を噛みながら響が叩く。それで僅かにプレクスが傾き、レスポンスを確認。
「シャリーちゃん、数値だけ頼むッス。特にZ軸の座標を最優先で」
「了解です」
迫りくるプロミネンスがまるで気味の悪い怨霊の様に迫ってくるが、響がもう姿を見ず数字だけの操舵で曲がって回避した。
(すごっ)思わずシャリーとフェティが同時に思った。やっぱり、普段はふざけてるだけで響さんもタダものじゃない。
アンリクレズもこの挙動には舌を巻いた。
(コアが四つの私と同等の処理速度……、これが私の今のマスター。しかも、私より正確かつ的確っ!)
推進機の状態をチラ見しながら、コンマ何秒という世界で。
オーバーヒートを起こさないように冷ましながら、使い分け配置を変える。
きりもみ状態から体制を立て直した事といい、クレズが演算で答えをはじき出すまでにもう響はキーを叩いてプレクスを僅かに動かし。最小限かつ最速で、眼球の動きがさっきまでとまるで違う。
六枚のフルキーボードを操る。片手の人差し指と薬指で一枚のキーボードのホームポジションとして叩く叩く叩く……。それを、三段コンサート会場の座席の様に。中央のステージの代わりに響が座って打撃音を響かせた。
慌ただしく、スラスターの位置や推進機がミリ単位で傾く。たったそれだけで、煙の様に膨張する触手の様に伸びるそれを次々回避しているのだ。
乗っている、シャリーも数字を伝えるだけで精いっぱい。
アンリクレズも、途中から五パーセント程学習に回していた。
「クレズさん、どの位凌げば敵は息切れするっスか」「後、十分かと」
すぅ~と、力いっぱい息を吸い込む。
息を最小限に、キーボードを叩く速度が更に上がった。
「それだけの腕があれば、貴方が艦長になれるのでは?」とフェティが尋ねると「俺はモブと一緒が良いんスよ。俺はプレクスのクルーが良いっス。あんな奴っスけど、ずっとアホやって来たんス。シャリーちゃんやフランさんがいつまで居てくれるか知らないっスけど、居てくれる間位は楽しくやりたいッス」
「頑張ります」シャリーが決意した顔で響を見た。
「無理するとお義母さんに怒られるから程々にするんスよ」表情を変える余裕すらなくても言う事は何処までも思いやりがあって。シャリーにはそれが伝わっていた。空から落ちた日から、地獄から天国に落ちたのだと。
若いってだけで、出来る事は多いのだと。
「Gかかるっス」それだけ言うと、急速に落下する様に下方向に向きを変えるプレクス。そのまま、まるで洗濯機のドラムの様な動きで左右に回転しながら少しでも空間のある方向に逃げていく。速さではなく、上手さで逃げるプレクス。
宇宙での高速機動というのは、言うほど簡単ではない。まず温度差というものが地上と全然違う。太陽の様な星からくる放射線等が当たる部分だけ温度が上がり、それ以外の宇宙空間の温度はあっても四度とかだ。電子機器でさえお互いを見張り合い、ハズレ値が出る様な部品を許さない。否、許してはいけない。それでいて、五年以上の歳月で歪み一つ生まれてはいけない。歪んだ瞬間に破綻して止まってしまうからだ。
温度差によるハンダのクラックや、各種部品の正常動作を保証するだけでも至難。
プレクスは地上から宇宙までを、車や戦闘機又はドローンの様な動きで飛ぶ。
普通は部品が壊れたら、他の船でも同じ部品を使っているかをチェックしてもし使っていれば即座に投げ捨て交換する位じゃなければまともに運用もできない。
それらの開発を、ジャンクから二人で作り上げるというのは偉業と言っていい。
必然、響とモブの二人にとってプレクスは家であり手足。
例え、超高性能百戦錬磨の遺産であっても練度が違うのは当然。プレクスを操る事にかけて、響がウマいのは当たり前と言える。
そして、響はモブと違いキーボードの方が早い。コマンドだけしか画面に映さない時代のコンピュータしか貧しい響は触れなかった。OSも制御ユニットも全てプレクスのソフトは響が作ったのだ。操舵にコマンドで指示を出せば、電子制御はその通りに動く。
(流石、艦長が作ったハードは滑らかに動いてくれるっス)
だから、信頼して通常の舵では絶対にしない動作を電子制御の利点を駆使して命令する。それに、応えるレスポンスがプレクスの無茶苦茶な軌道を支えていた。
アンリクレズは自身がAIだからこそ、その電子機器の一ビットの動きもプレクスの制御ジャイロも全てが見えていた。
普段それをやらないのは、操舵は基本モブの仕事だから。
緊急事態と、頼まれた時以外で領分を越える事をするのはダメだと二人で宇宙に行くときにお互い決めた約束。
「クレズさん、まだモールドとチップはもちそうっスか」「大丈夫です、虚数空間により常温熱制御は正常に作動中」「本当、クレズさんは優秀ッス」
(私は生まれた時から博士にこの力を与えられていた、しかし響様と艦長は己でこの域にたどり着いている。私が優秀などとんでもない話)
凄まじい、機動で切り返す度に艦内の安全装置を越えてGがかかるがそれでも距離は僅かずつ離れていく。
敵影の、膨張したエネルギーはもう霧散を始めていた。あれだけ持つと言う事は、どれだけの命を喰らって吸いつくして来たのか……。
アンリクレズは、それでも響に求められた様に残り時間だけを正確に一分刻みでカウントし。シャリーも、常にプレクスの姿勢と方角を響に伝え。
プレクスは、窮地をまた一つ乗り越えた。
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