第百五十五話 限界などいらない

「響さん、下以外全方位から来てます!」「オッケ~ッス!!」


アンリクレズが表示するリアルタイムの情報を精査しながら、シャリーが叫ぶと響が素早く反応し。プレクスの艦体が大きく揺れながらも回避に成功する。



今生きてる推進機は四つ、ジャンプの残りは無し。

アンリクレズのエネルギー残量は、さっき直撃を凌ぐために大分目減りしている。


未だかつてない程、手札が少ない状況で懸命に抗う。

それでも、響が舵を取って。アンリクレズが響の思考を読み取って推進機の位置や角度を正確に移動させていた。アンリクレズは響の脳波を感知し、その演算を限界まで振り絞っていた。


四つの虚数空間があるという事はCPUでいえば四コアの状態、キャッシュもコアも元々は七つある事が前提の設計なのだ。今までは処理がキャパシティに対して余裕があった為に露呈しなかった事がここにきて露呈し始めていた。


口数も少なく、学習に使っていたユニットも全カット。感情表現等に割いている部分も最低限に。艦の制御からプロミネンス回避プロセス、各種アシスト、表示に必要な情報取集等を同時に並行して処理していた。


(足りない、足りない、足りない……)


今、一番力を求められているこのタイミングで出力が足りない。だから、切れる回路を自身で探しながら停止させていく。一ドット、一マイクロ、一ナノ。


瞬きする間に処理できる単位を、少しでもカサマシする為に。


「クレズさん、二番クラッチ破損ッス!」「三番を回路接続して回します、二秒下さい」「オッケーッス」


二番の機能も、三番で行う。その為に二番をクレズの虚数空間にしまって、回路を繋ぎ直して本来は三番と二番の間の空間に三番を持ってくる。今までは推進機しか動かせなかったが、ライブラリと虚数空間の機能をアンロックし。プレクスで学習を重ねたアンリクレズは、響とモブの技術さえものにして。持てる力を更に向上させていた。


この動作を、アンリクレズは二秒で完了。本来なら、もっと時間がかかる筈のその工程すらこの遺産には造作もなくやれている。


(頼もしすぎるッス!)


今までなら、なきながら一人でやっていた。

いつも、モブは今回の様に修理にいってしまうから。


自分がつながなくても、クレズさんがやってくれる。自分が見ていなくてもシャリーちゃんが教えてくれる。


なら、自分は立ち向かうだけっス!。艦長は必ず推進機を直すッス、それまでクラッチやバランサーがへし折れてもやるだけやるッスよ。


「仮称、四番推進機出力低下! オーバーヒート」決心した直後にシャリーから無常の報告が入って思わずずっこける。


「何で、今っスか!!」


「響様、二分下さい。後、二酸化炭素を大量使用する許可を」

アンリクレズがそう言ったので、響が任せるッス!と叫ぶ。


アンリクレズが、四番推進機を虚数空間に入れると直ぐにプレクス艦内に保存していた消火用の二酸化炭素のボンベから二酸化炭素が一気に消えていく。


それと、同時に推進機を一気に冷却。虚数空間内では急速に冷やしても物理的なダメージはない、ただし消火用二酸化炭素を大量に使って所詮ドライアイス状態にしてそれを使っただけだ。


その推進機の冷却状態と、艦内の二酸化炭素の減りをみてシャリーはこの手段はもう使えないと悟る。それでも、アンリクレズは今自身に出来る事をあれだけ素早く提案した。


はり合うのがAIでは厳しい事は判っている、それでも自分も役に立ちたくて。

喉がさけるのではと思える程大声を張り上げ、プロミネンスの来ない方向に誘導。


徐々に相手の速度が鈍ってはいるが、それ以上にプレクスの推進機はもう目いっぱい踏んでいるのだ。


「四番推進機、復帰します」クレズが報告すると、プレクスの足に力が戻ってくる。


「ありがてぇッス!」それだけ言うと手が白くなるまで舵を握りしめた。

「おい、響。生きてるか?」モブがインカムで話しかける。


「何すか、今取り込み中なんスよ」「一個直したぞ」「ありがてぇっス」

「後三つは腰落ち着けないとダメだ、これで何とかしてくれ……」


艦長が自分の無力を吐露するように、ただ無言の時が少し流れる。

インカムの向こうでは、拳を握りしめて頭を下げているのだろう。


「何とかなら無かったら死ぬだけっス、だけど俺は死にたくないんで諦めないっス」

「俺は、相棒を信じる事にするよ」


それだけ言うと、響はインカムを投げ捨て。歯を食いしばり、そして舵を右手で二回殴りつける様に叩く。


「今生きている推進機は五個、冷却による再復帰はムリ。ジャンプはなし。それで間違いないッスね?」「はい、うち三つはもうすぐオーバーヒートします」


努めて冷静に、しかし無慈悲にアンリクレズが報告する。

唇を震わせ、しかしはっきりと尋ねる。


「オーバーヒートまでの正確な時間って判るっスか」


「一番が一分半、二番が四十三秒、三番が二分二秒後です」「シャリーちゃんの視界にカウント付きで表示して欲しいッス」「かしこまりました」


普段はカンでやらなきゃいけないそれの時間が正確にわかる。それだけでも値千金。


「シャリーちゃん、一番持ちそうな三番を多めに使って一番と二番を少し落とすッス」

「わかったわ」響の眼をみて、はっきりと決意した顔で頷いた。


つまり、時間が変動し減って来たら推進機を切り替えて少しでも長持ちさせようという事。


「シャリーちゃん、もう少し頑張るッス」「うん」こんな状況にあってもフェティもシャリーも悲愴な顔はしていない。


どちらかというと、響の方がしょげていた。


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