第百四十二話 不時着マレサイト

見渡す限り、砂漠の星マレサイト。


「何もねぇな」「その方が見つからないのでは?」「そりゃそうなんだがよ」


どうも、本体を手に入れてからのクレズは事あるごとに響の近くを飛んでる事が多いが、以前同様全員にこうして声をかければ普通に会話が成立するという非常識に磨きがかかった存在になっている。


あれから、ライブラリを貪るように響、モブ、シャリーの三人が読み解く度に頭を抱えて掻きむしる。



ヴァレリアス系もナイトメア系も根本は一緒、魂の力を燃料にしているだけだ。

ヴァレリアス系とナイトメア系の決定的な違い、それは魂を使い捨てにしているか否か。

増幅し、流水し、虚数という特殊な空間を用いてたった一人の心の力で何億人分いやそれ以上もっと多くの力を引き出してリサイクルしている事。


精神力や魂の力が極限まで減らないかわり、ヴァレリアス系では一人のマスターしか持てない。その魂専属にセッティングされてしまうからだ。そして、ヴァレリアス系の兵器はセブンスとティアドロップしかなかった。つまり、ティアドロップは兵器になると言う事。


(この事実は、墓まで持っていきてぇとこだな。宇宙でたった二つの、弾も燃料も減らねぇ無敵の兵器が一人しか持てないなんざ)


アンリクレズだけで、どんだけやばいかなんて使ってる俺達が一番よく理解してるっつーの。その一人が許可さえだせば、実質全ての人間が無制限にその恩恵に預かれるなんざマジで特権ものだぞそりゃ。とは言っても、今のマスターは響だ。あいつがそんな事考えるわけねぇ、あいつの頭ン中は、飯と技術者としての貧欲さしかねぇからな。



後、俺達が使ってた推進機はヴァレリアス系の水と酸素を生み出す装置で本来はエンジンみたいに使うしろもんじゃないってのもびっくりした。


「あれ程、都合のいい推進機が実は推進機じゃありませんでしたってか……。つくづく遺産ってのは非常識で滅ぶべくして滅んだって感じだ」



<便利で強力ゆえに、使うのを止められなかった>



使わなければ喰われ、使っても喰われる。

世の中に出回ってる大半が、ナイトメア系ならさもありなん。



いや、博士は終わらせたかったんだろうな。人の欲望のままに使われて、人の欲望によって人が消えていくのを。



あんだけ、強力ならさぞかし結果を出し続けたんだろうさ。

フランに聞いたが、人をパイプの中に閉じ込めて一つの部屋に飼ってやがった。


少女二人が居ない所で、クレズに映像を見せてもらったが俺達二人は吐いた。

かつての時と同じように……、それにしても病院すら襲撃かけてくるとかどんだけ執念深いんだよ。


推進機繋ぐために、よく判らねぇでカンでやってたとこが、今は設計図がある事で大体理解できた。それによって、回路を見直しさらにプレクスの推進機は力を得た。



奴らには絶対渡せねぇ。この技術も、この書庫もだ。



モブ達はライブラリで、遺産のデータの詳細な設計図やデータを見る事ができた。三つとも、アンリクレズが無ければ機能しないというのは朗報。

モブは特にセブンスの残り三つがどういうものかを知った時、心底手元にクレズがあって良かったと思った。




人間が使っていいもんじゃねぇだろ、あれは……。

ナイトメア系を終わらせる為に生まれて来た、ヴァレリアス博士渾身の傑作。



今でも、響やシャリーは暇さえありゃライブラリを見ている。

ただ響もモブも、シャリーにはナイトメア艦の資料は見せていない。


それで充分だし、ナイトメアの技術何か後世に残しちゃいけない。

人の悪意が生み出した、人の絶望そのものじゃねぇか。



「ここに居ましたか、艦長」セリグが後ろから声をかけた。

「すまねぇな、どうしても一本やりたくてよ」そういって煙草を片手に振った。


「高いですからね、煙草は」「それに子供が居る前で吸うもんじゃねぇ」

セリグもさっきキッチンで入れて来たコーヒーをモブに渡しながら笑った。


「体調はもういいのかい?」「おかげさまで」


そう言うと、二人はしばしコーヒーを楽しむ。


「ナイトメア系の事を考えてたんですか」「あぁ」

これほど、現代の技術が遅れてて。遺産の方が優れていて、それを敵が大量に所持していて。それに狙われている……という現実。


こっちは、逃げる足はあっても叩く武力はない。

逃げるって言ったって、艦は必ず補給しなければいけないんだ。


「俺は凄いと思いますよ、このプレクス」「褒めても何もでねぇよ」

「本心ですよ、元軍人として。遺産がこの世にないなら、最高の艦の名はプレクスです」

こんな砂漠の真ん中でさえ、私達は安全に快適に水や酸素の心配をする事が無い。

行軍にとって、攻める事より。味方を失わない艦の方が余程、凄い事なんですよ。


古今東西、司令塔に使う艦でさえ。人が運用を間違えれば容易く沈む。

クレズのご主人様が優秀だからなとモブは笑うが、セリグは貴方もですよと苦笑した。


「フランは、どうしてる?」「相変わらず、鍛えてますよ。ただ、やはり腕が無いのが堪えてるんでしょうね」「そりゃそうだなよな、パズルが壊れてそこにクレズの本体が無きゃどうなってたか判らない相手だったんだろ?」「えぇ」


「犯罪者ギルドと謎のスナイパーとデメテル軍か、また来るよなぁ」ふぅと煙草から紫煙が昇る。


「すいません」「気にすんな、今はクルーなんだ。クルーの仕事してるやつで、自分が降りたいっていうんじゃなきゃ降ろす理由はねぇよ」「そういうもんですか」「少なくとも俺はそうだ」


「セブンスの内容は全部判った、ティアドロップも予想はつく。クレズも含め誰もがギャラルを欲しがるだろうが、俺達に必要なのは錬金塔と女神だ。そして、恐らく女神がある場所は……」「デメテル」「そう言う事」


「錬金塔を押さえれば、全てが変わる」「それ程ですか」「あぁ、セブンスが何故無敵の兵器なのか。それは、各パーツのシナジーなんだよ。パーツ一つ一つは正直デメリットがありすぎてピーキーなんだ」


「お互いに補い合い、全てのパーツが噛み合う事でお互いのデメリットを潰す設計なんだよ。だからパーツを分ければそれで十分とヴァレリアス博士は踏んだんだろう」


「まさか、それを一番無害な人間が揃えて使う日がくるなんて」

「神様だって判らない運命のいたずらってやつだろうな、人間ならなおさらだ」


そういって、苦笑しながらコーヒーを掲げた。

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