第百四十一話 追撃ナラシンハ

「逃げ延びることができた……と思っていた時期が俺にもありました」

「最長距離でジャンプしたのに、敵さんこっち向いてついて来てるっスよ?!」


「敵ナラシンハ、索敵範囲内です」「かぁ~マジで遺産ってなどいつもこいつも反則かよ!!」「向こうも多分同じこと思ってるッス!」


「こっちのクレズはエネルギーきれてるってのに!」

「敵、エネルギー増大。副砲エゼルディ十門ロックオン」

「二回目のジャンプまで最短何秒だ!」「最短十秒です」

「最長距離でもう一度ジャンプ!」「次で振り切れないとヤバいっスよ」



(判ってる、判ってるって……。過去一判りたくねぇ位判ってんだ!)



「次の砲撃はマニュアルで躱すしかねぇ」「クマドリも無く、ジャンプは再演算中っスからね」


「響、全推進機を翼に集めろ。角度は全部外開きの二十度を指定」

「十八番で逃げ切ろうって事っスか?」「最後に頼れんのは己の腕だって話だ」



その台詞に、セリグもフランもフェティもシャリーも全員がモブの方を見た。

響がゆっくりと安心させるように頷くと、モブが勢いよく左手の推進機の出力をゼロにした。


「おいっ! モブ正気か!!」フランが叫ぶが「正気も正気、これしかねぇからこれで行くんだよぉ!!」


右翼推進機だけがフルパワー、左翼の推進機の出力がゼロになった事によって。機体が振り回される。振り回された事によって、プレクスがずれながらナラシンハとの距離が一気に縮まっていく。


「敵、更にエゼルディ十門ロックオン。計二十門が当艦にロックオンしています」

「モブさん!」セリグも叫ぶが、額に滝の様な油汗を幾つも張り付けて一度ゼロにした推進機のレバーをあげるタイミングをずっと集中してはかっているよう。



宇宙空間なのに、まるでドリフトの様に横滑りをしているプレクス。

エゼルディの紅い光が放物線を描いて十本プレクスに襲い掛かるが、モブはペダルをおもいっきり踏み込んでプレクスの体勢を一気に立て直す。それによって、プレクスの側を通過僅かにかすりはしたが軽微。しかし、体勢が一度魚が水をはたく様に後部を一度振って横滑りをし続けながら回避。



「次の十本来るッスよっ!」「クレズ!」「五、四、三……」



常にフルパワーでは、機体はそれ以上の動きができない。ならば一端出力をさげ、体勢を変える余地を作る。それでも、泣き言の一つも言いたくなるような場面は人生に幾つもあるものだ。



「響、三番推進機だけリミットオフ」「その指示を待ってたっス!!」すぐに三番のリミットを切る響。


だから、推進機が複数ある事を武器にそれを潰してでも本命を守る。

余りに慌てて操作したために、番号が通常どうりの位置に来ていないがフォーメーションは完成している。それを瞬時にモブが察知して、指定の番号を決めていく。



「二、一」「今度こそ、オサラバだ」レバーを全部いれ切っていた推進機を再びフルパワーで点火。急激に横滑りのまま平衡を取り戻しつつ、三番だけがリミットオフされている事により。そこを起点に、力がかかって僅かに傾く。


「ゼロ」ドシュという音と共に再びジャンプするプレクス、その上をナラシンハの砲撃がすり抜けた。プレクス内で歓声があがるが、モブはジャンプ終了後直ぐ「クレズ!」と呼びかける「ナラシンハ索敵外に当艦は離脱しました」と報告が帰ってくるとモブが無言で天に向かってガッツボーズした。


モブの背中を叩く、フランとセリグ。

「スマン、近場で不時着できそうな場所はあるか?」「ここからだと、マレサイトが一番近い場所になります。平常運航で一時間程で到着します」


取り敢えず、そこ着陸するかと思ったモブがあれ?と素っ頓狂な声をあげた。


「響」「うっス」「フラン」「おう」「セリグさん」「はい」「フェティちゃん」「は~い」「シャリー」「うん」指を指して名前を呼ぶと返事が返ってくる。



「お前だれ?」響の肩の上に座っている見知らぬ、薄い水色の羽が四枚のメカで作られたであろう美しい女性型の妖精が響の右肩に足をくっつけて座っていた。


「アンリクレズですが?」妖精は返事した、非常に可愛らしく首を傾げて。


響も、今まで必死で気がついてなかったが自分の肩に妖精がのっている事に気がつくとうぉう!みたいな声をあげた。


とりあえずあれだ……、モブは真剣な顔で言った。

「クレズ、お前野郎じゃなかったんだな。わりぃ」「見た目の話をしているのなら、問題ありません。そうであれと作られましたが機械の性別など見た目以上の意味はありませんので」


クレズははっきりとモブにいうと、響の方を見た。響がその顔の近さに思わず少し赤くなる。非常にきめの細かい、正に作り物の妖精と言った顔。服や二の腕の継ぎ目をみなければ、機械だとは判らない精巧さ。


シャリーもフェティも思わず瞠目し、セリグとフランは口をあんぐりとあけていた。

「クレズさんですか、助けて頂きありがとうございます」とセリグは頭を素早く下げ、フランも「危ない所助かったよ」というとクレズは二人の前に行き頭をぺこりと下げる。


「最初から本体があれば、また私に錬金塔の機能があればこの様な仲間を危険にさらす事は無かったのですが。私の方こそ、謝罪致します」


「あ~、じゃ全員お互いさまって事で今回は全員お互いに快く許して終わりでいいか?」モブが苦笑すると、「そうだな」「そうしましょう」「はい」

と二人と一体の意見がまとまった所で「ほんじゃ、不時着すっか」。



その夜の夕食は約束通り、全員に美味しいご飯が出たという。

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