第百三十九話 遺産VS遺産
「一難去って、また一難ってか」フランがそうこぼす、ここを越えれば甲板はすぐそこという場面で、さっきの傭兵やサイボーグとは比べ物にならない程の殺気を感じた。
セリグも、その異様を見てただ事ではないと一歩下がる。
「ラスボスって事ですかね……」「敵さん、えらい門番置いてくれたじゃねぇか……」
五メートルを越える体格、血管の様に波打つ黒光りする装甲。
さっき現れた時、滑りこんで急ブレーキしたグリップの火花以外の動きが全く見えなかった……。
「悪い、セリグ。これ俺が貰うわ。ヤバそうなら先に行け」そういって、フランが前に出る。
「貴女は?」「足手まといのジジイが居ないなら、タクシーには間に合わせる」セリグが肩を震わせながら笑いをかみ殺し。「そうさせて頂きます」と言った。
すると、いつもの構えではなくヴェルナーを逆手に構え。深く深く集中して、体の体勢を低くする。
「あれが、フランさん本来の構えですか」
「おい、クレズ。全部やらなくていい。敵のエネルギーゲージや装甲耐久値だけ正確にリアルタイムに表示してくれ」「かしこまりました」
それだけ言うと、自身の視界右上に邪魔にならない様に敵の各パーツの装甲とエネルギー残量がメーターで表示された。
(ホント、遺産って奴ぁどいつもこいつもインチキじゃねぇか)
本当は首や足を落としたいが、恐らく無理だろう。
セリグにはあんなことを言ったが、あの巨体で動作が殆ど見えなかったんだ。もう、眼に頼るのはムリなのは判ってる。
(せめて両手がありゃな……)ないものねだりしたってしょうがないのは判ってるが、それでも未練がないわけじゃない。
振り下ろされた剛腕を何とか反応して受け止めるが、それだけでフランの体ごと持っていかれて約十五メートルずり下がって止まった。「クソおもてぇ……」それから乱打の様に攻撃を浴びその場から身動きが取れない。
セリグは、言われた通り甲板にでる事を急ぐ。
(せめて先に、プレクスにたどり着かなくては)
フランさんは間に合わせると言った、つまり倒すと言ってない。どっかで体よく逃げる筈だ。それを信じセリグは必死に走りぬけ、道を切り開いていく。
(それにしても、あれから逃げる?)
さっきから爆音を響かせ、フランさんをドンドンと威力とスピードで押している。巨体の門番は、かませ犬擬きの傭兵やサイボーグとはモノが違う。あれが、ナイトメア系の遺産ですか。人を喰わないのであれば、武力を求める連中なら誰でも使うでしょうに。
強化兵のかるく倍は巨体であるにもかかわらず、速度も膂力も桁違い。
両手を合わせた時に、固められた盾の形は人の苦悶の顔を模したものだった。
フランのヴェルナーと、敵の腕がぶつかって放電現象を起こし。あちらこちらに飛び火しては、ナラシンハの壁に穴を穿つ。
「ちぃぃぃぃぃぃぃ!!」
今も、懸命にヴェルナーのつかを足で蹴り飛ばし。足と手を使ってようやく防いでいる様な状態で声をあげている。フランが壁を走れなければ、あれ程の力を持っていなければ。武器がヴェルナーでなければ、アンリクレズのアシストがなければ。
確実に死んでいる場面が多すぎるのに、あれでどうやって逃げるというのだ。
何度も振り返っては、手に汗握る。その度に、フランに睨まれ再びセリグは前を向いて走り出した。
流石のナイトメア系譜の遺産でも、ヴェルナーもまた遺産だ。精神力さえ、心で負けていなければヴェルナーの強度は保証されている。
保証されているのは強度だけで、それを扱うのは生身の人間。
全身の骨が軋みをあげ、額から血を零し。
それでも、フランは右上の一点。敵の左足装甲の一部を重点的に狙いながら、その耐久度が回復していない事を確認しつつ。それを希望に、粘っていた。
(クッソ、なんて硬さだよ!)
「クレズ、タクシーが来るまであと何分だ?」
「到着予定時間は、約ニ十分後になります」
(ニ十分も持つかバカやろー!)
正直な本音として、そう叫びたい。しかし、セリグだって五体満足じゃないから必死に走ったってまだ背中が小さく見えてる位の速度でしか走れてねえ。
「ったく、早く走れねぇのはジジイだし。さっきサイボーグとやり合った後だから判るが、チラチラ振り返ってんじゃねぇってんだ!」
全力で、モブの野郎が飛ばしてきてるのは判る。あの調子で、峠でも攻めたらコースレコード間違いなしの限界ギリギリの攻め。必要最小限の傾きや、曲がりでとにかく速さをつめてやがった。だから、あっちを非難するのは筋が通らねえ。
(それでも、一分がこんなに長く感じるのは戦場で別の遺産相手に取り残された時以来か……)
昔戦場で戦った遺産は、このラスボス程機敏でも無かったし、パワーも無かったが。ナイトメア艦からエネルギーを供給されるナイトメアシステム系列の強化兵がこんなに強いとは思わなかった。
ナラシンハから供給されたエネルギーで、レーザーがまるで繋がれたチェーンの様につながって振り回しやがる。ガトリングより早く、礫の様に飛んでくるそれを、全部きり崩しつつ。突進してきた奴と鍔迫り合いし、押し返し、大量の汗と血で体に衣服がはりついて疲れでフランの視界がいよいよボケてきていた。
そして、フランが僅かに体勢を崩した時に敵の攻撃がフランの太ももに当たってしまう。
思わず、しまったという様な顔になるフラン。しかし、崩れ落ちていく意識の中でセリグの姿は見えなくなっており。
「ちゃんと逃げ切れよ、ジジイ。お嬢ちゃんが待ってんだろ……」
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