第百三十七話 老兵の覚悟
すぅ~と深呼吸をし、サイボーグに向かうセリグ。
「ったく! 高い金取る割には使えねぇなぁ!!」瞬殺された強化兵の方を一瞬だけみて吐き捨てる。
スクラップになった強化兵から這い出した傭兵が、逃げながら唾を吐き捨てた。
(無理に決まってんだろ、お前がこっち相手してみろってんだ!)
それを全スルーしたフランは、セリグの方をお手並み拝見とばかりに今スクラップにした強化兵の残骸の上にどかりと座った。フランが座った残骸以外を、クレズがギズモを偽装して回収。
何度も、サイボーグの腕とセリグのレーザーソードが当たる度に火花を散らし。その様子を見ながら、「ありゃ、後二十も若かったら俺でも勝負の行方が怪しいな……」なんて苦笑していた。
(ナラシンハとか言ったか、このナイトメア艦)
この巨体さから考えたら、他にも奴隷たちが収容されている区画があるはずだが生憎とそれを探し回る時間は俺達にはない。
セリグは、血を流しながら息を切らせては軍人として。己の主人の為に最後まで戦おうとしているその姿を見ながらフランは思う。
(中々居ないよな、あ~いういい男ってのは)
惜しむらくは、セリグの主人はきっとそんなのを望んで無くて。
ただ、セリグに帰ってきて欲しいと思うだけなんだろうが。
今も、セリグがサイボーグの膝からレーザーが何発も飛び出すがそれをレーザーソード一本で防ぎきると一歩踏み込んだ。
しかし、敵もさるものそれを躱して右手をセリグの心臓めがけて突きこむ。
間一髪それを防ぐと、また距離をとって仕切り直す。
(本当、もったいねぇな)
フランが丁度そう思っていた頃、セリグも戦いながら座っているフランの方を一瞬だけちらりと見た。
(あれが上級傭兵ですか……)強化兵すら瞬殺したのを見ていた、飛んできた部品で自分が助かった事も。
「よそ見してんじゃねぇ!」サイボーグの銃が三発飛んでくるも、セリグはちゃんと反応しレーザーソードで受け流した。
(上級傭兵が貸してくれたものだけあって、随分といいレーザーソードじゃないですか)
さっきから、攻撃を何発も受け流しているのにブレを感じる事が無い。
フランが選んだとは言え、モブが通っていた店の適当な量産品だと知ったらさぞびっくりするだろう。ヴェルナーは強いとは言え遺産、いつ壊れてもおかしくないのでこうした予備はクレズに預けた分とは別に体のあちこちに隠している。
セリグは、フランが武器を持っていると踏んで借りたのだが。この戦闘が終わったら、フェティ様を守る為にこれを売ってもらえないか交渉しようと心に誓う。
(軍に居た時は、生きて帰りたいなんて感情は沸きませんでしたよ!)
生きるために食べて、体を維持する為に寝る。偉い人間を護衛することもあるが、それは仕事だからだ。
部下を育てた事も、死ぬな以上の感情は持ち合わせちゃいなかった。
だが、今は明確にあのプレクスに生きて帰りたいと思っている自分がいる。
(フランさんが二人とも自分がやろうかと言ったのは、あくまで俺がコックだからでしょうね)
コックはうまいモノを出してナンボ、戦闘能力は期待してないって事なんでしょう。
俺は、フェティ様の護衛が本職でコックはカモフラージュなはずなんですが。
あの艦でなら、コックも悪くないと思っている自分が居ます。
美人になる予定の二人って軽口は、俺に二人が美人に成長するまで生きてコックやれって事なんでしょうよ。
肝心のフェティ様も、最近は俺の事を専属のコックだと思って下さってる様ですし。毒殺が常の皇族で、専属を任せられる信頼というのは中々得難いモノがあります。
何度も何度も、レーザーソードで切り払い。切り結ぶうち、サイボーグはエネルギー供給さえ追いつけば凄まじい出力を発揮する。反応速度も膂力も桁外れに速いし重い。
(エネルギーは、ナラシンハから供給されてるって事ですか)
確か、不死の存在で低下、転落、降下を意味するアヴァターラの一種の名が同じナラシンハだったはずです。
乃ち、このナイトメア艦の名の由来は人としての転落、モラルの低下等をもたらす不沈艦とでも言いたいんですかね?悪趣味にも程がある。
だが、この強さのサイボーグを量産できるとなれば軍人としては脅威を感じざる得ない。
(命を喰らい、命を燃料にする遺産……)
「納得できませんよ! クレズさんが製作者に疎まれて封印され。何故、この様な艦が宇宙にのさばっているのか全く理解に苦しむ!!」
その言葉と共に力が一段とこもり、サイボーグをセリグが押し込んだ。
「なっ! どこにそんな力が!!」
「人として、まがい物に老いさらばえたとはいえ負けるわけには参りません!!」
サイボーグにナラシンハからの供給が上がって、再び力を盛り返して拮抗した。
ナラシンハも遺産の端くれ、ただの燃料である人間に負けるわけにはいかないのだ。
(人間風情が!)
そんな、ナイトメア艦の意思が聞こえてくるようだ。ナラシンハは巨体ではあるが、初期のナイトメア艦。そこまでの演算能力はないし、クレズの様に人と紛う意思疎通など出来る筈もない。
互いに拮抗していく技の応酬がどんどんと激しくなり、加速しあちこちに余波をまき散らして傷つける。
サイボーグは、もう八割位ナラシンハに意思を焼き切られ戦う機械と化している。
初期のナイトメア艦は調整の機能も弱く、エネルギー供給を優先するあまり人の意思が入ったマイクロチップすら焼き切ってしまう。
使うものの安全性だけを高め、燃料となる人間を長持ちして使えるようにした後期型ナイトメア艦と比べれば二段、三段は質が落ちる。
それを知るものは、現代にはいない。その記録は、セブンスのライブラリにしか存在しない。
獣の様な咆哮をあげるセリグと、全身からうなりをあげるサイボーグ。
それでも、クレズは響に言われた通りセリグを手助けすべく。あらゆる能力を駆使して攻撃予測位置や威力の数値化をセリグの眼球に人体に影響なく表示し続けた。
「助かります、クレズさん」
「マスターの命令を遂行しているに過ぎません、礼は不要です」
機械的で無機質な音声ではあるが、鼓膜に直接作用して敵には一切聞こえずに間髪入れずに返事が返ってきて。戦闘中であるにも関わらず、思わず一瞬苦笑した。
「それよりも、タクシーの到着予定時刻が後三時間弱です。決着を急いでください」
それを聞いて、思わずセリグが突っ込んだ。
「アナタもジョークが言えたんですか?」「学習しました」
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