異世界からの勇者に惚れ込んだ第二王子に振られたがもう遅い、帝国の王太子と一緒にラブラブイチャイチャ結婚生活を送ります!

黒犬狼藉

追放された日

「ヴァベッテ、君を追放する!!」


 第一声はソレだった。

 その答えは危惧していたものの、私の心を酷く痛めつけた。

 ダンスホールの中心、そこで地面に倒れた私に掛けられたその言葉は。


「何故ですか!? 何故なのですか!? ロシナンテ様!!」


 半狂乱に騒ぐ私の心はどこか冷めていた。

 胸に手を当て、女としての涙を流す私を貴族としての私は冷ややかに見ていた。

 言い換えれば、この王子を王子として正しく見れないほどに私はこの国を侮蔑していた。


 ことは幾許か昔に遡る。

 この国は大いなる戦争、100年戦争とも言われたほどに長く苦しい戦争をおこなっていた。

 毎年毎月、二〜三回は軍勢がぶつかり合い兵站は無くなってゆきこの国は疲弊していった。


 だが、そんな苦難は一気に覆る。

 

 勇者を呼び寄せたのだ、私から見れば愚かとしか言いようのない賢策を打ったのだ。

 あまりにも無様であった、彼方の世界ではただの平民であろう子女30余に老いた王がその頭を下げるのは。

 言葉にせぬまでも貴族の者どもが金銀家財を投げ打ち戦争の盤上を覆そうと足掻く姿は。

 そして何より無様だったのは、その周囲の様子に流され我が父を喪った私だろう。

 辺境伯、すなわち王の次の権力者。

 その父は民に慕われており、同時に貴族としてその命を投げ打った。

 その結果として得たこの婚約、落ちた王家の権威を回復する意味もあれどソレは同時に我が家の繁栄を確約していた。

 

 だが結果はどうだ? 異世界から来訪した勇者の奸計により私の立場はあっさりと消え去り、その魅了の「ちーとすきる」により誇り高い同胞貴族は意味もなくその金銀財宝を勇者のために擲つ。

 彼らはソレを当然として受け取り、そして男は貴族の女を犯し孕ませ捨てうち、女は体を虚飾で彩り面食いを発揮した。

 この王国の未来は潰えた。


「何故も何もないだろう、嗚呼汚らしい!! この女を地下牢に幽閉しろ!!」

「し、しかし……。彼女は仮にでも辺境伯、この事実は他国が許しませんぞ……?」

「そんなもの知ったことか!! 我々には一騎当千万夫不当の勇者殿がいるのだぞ!! 何を恐るる? 辺境伯がごとき、他国がごとき何が怖い? ……さては貴様はスパイであるな? そこの男も連れてゆけ!! 今すぐにだ!!」


 あまりにも酷い、惨たらしい話だ。

 聡明とはいえぬまでも愚鈍とはいえぬ、そんなかの王子がここまで愚かになるか。

 その事実が勇者という存在をより強固にする。

 その事実が勇者という存在をより恐怖とする。

 嗚呼、恐ろしや恐ろしや。


「いつか、あなた様は後悔することとなりますよ? 私を幽閉し追放するということは即ち、一つの国の王を侮辱したのですから。」

「辺境伯風情が、調子に乗るなよ!?」


 私は両腕を掴まれ、そのまま丁重に乱暴に。

 地下牢へと放り込まれた。


*ーーー*


 幾許経っただろう? 幾許恥を呑んだだろう?

 

 寒い、寒い。


 歯が擦れあいガタガタとガタガタと音を上げる。

 言いようのない恐怖が背筋を這う。

 最初こそ豪華とはいえぬまでも貧相でなかった食事はいつしかネズミとカビの生えたパンんいなり変わっていた。

 外の様子は一向に不明、断片的な情報すら一切入って来ないこの牢獄はこの国の栄華を示していたようで一層虚しい。

 食器より重いものを持ったことないと宣う訳ではないにしろ、事実に力仕事よりは書類作業を行なっていた私の腕は貧弱極まりなく。

 同時にこの栄養なんぞ得られもしない食事で痩せ細った結果、肋は現れ髪は虱にまみれ貴族の面影なんぞあったモノではない。

 

「ーーーーーーーーー」


 嗚呼、嗚呼。

 声が開きこえた、折檻か? 意味もない折檻か?

 もしくは勇者が会いに来たのか? 醜く変化した私を嗤うために。

 いいだろう、嗤うのなら笑え。

 私は貴族の誇れを持っている、我が父上から受け継いだ誇りを持っている。

 未だ純潔すら散っていない、ならばこの反骨の精神はいつ潰えようか? 私が死ぬその日までこの反骨は消え去らないだろう。


 例え、部屋の狭き穴から糞尿が溢れ出し。

 例え、汚泥と煤にまみれ誇りすら持ち得ぬ姿となった。

 そんな今でも、私は決して。


 怒号が近ずく、荒々しく扉が開く。

 部屋の中心の杭に重々しい鎖に繋がれ、皮と骨ばかりとなった私は呻き声をあげる。

 その姿は老婆とさして変わりないだろう。

 だが、ソレでも。

 私は貴族として目の前の人に問いかけた。


「あ……n……a……た…………は?」

「…………………これは、酷い……。」


 空気が凍りついた。

 半眼すら開無くなった私の目に写っているのは、白い鎧とマントをつけたように見える人影だった。

 ソレすら僅かな力を振り絞った結果に過ぎない。

 徐々に徐々に力が消える、命の灯火が消えてゆく。

 そんな予感を明確に感じながらも、私は目の前の人に対し貴族として気丈に振るう。

 少なくとも私はそう願った。


「今すぐ、今すぐだ!! 彼女を、ヴァべッテ嬢を助けろ!! これは皇太子としての、何より我が国の威信を懸けての勅令だ!!」


 おそらく遠くない未来、私は本当の意味で救われる。

 そんな予感は、部屋に吹き込んだ一陣の風と共に浮き上がった。

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異世界からの勇者に惚れ込んだ第二王子に振られたがもう遅い、帝国の王太子と一緒にラブラブイチャイチャ結婚生活を送ります! 黒犬狼藉 @KRouzeki

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