第36話 まさかの35分

 ホームには風が吹きすさぶ。電車が来る5分前にホームに出たが、あまりに寒いので階段の裏側に身を潜めた。少しは風が防げるが、電車が来るまでここにいると、乗り遅れる危険性があるので、「まもなく~」のアナウンスで表に出た。

 JR山陰本線米子行きがやってきた。2両編成だ。1両目の前と、2両目の後ろのドアが開いた。というか、その2つしか開かなかった。後ろのドアから乗り込んだ。スーツケースが重たいのに、いちいち階段があるのが玉に瑕。ほんの2段くらいなのだが、本当に重たいのだ。瓶に入った日本酒や、半生のそばなどを買ってしまったからな。

 乗り込んで、無事に座れた。これで1時間もすれば空港に着くぞ、と思った私は浅はかだった。だって、ほら。

「この電車は米子行きです。」

とアナウンスが流れている。もちろん乗る時にもそう言っていたはずだ。しかし、乗ってしばらくしてから気づいたのだ。私が行くのは米子駅ではなく、米子空港駅だという事を。焦ってスマホで検索。そうだった、乗り換えがあるのだ。忘れていた。

 10分ほどで終点米子駅に着いた。それで、次に乗る電車の時間を改めて確認して驚く。次の電車は14:40発。まだ30分以上あるのだ。それならどこかでお茶でもするかな。

 電車を降り、乗り換えをするにあたって、この駅にカフェなどはない事を知った。そういう駅ではない。エキナカがあるような、お店があるような駅ではない。一応ターミナル駅だが、私が想像していたようなターミナル駅ではなかった。一緒に電車を降りた人たちが、改札口から出て行く。うーん、外にもお店があるやらないやら。絶対にあると思えるような駅ではない。出てしまったのに何もなかったら、電車賃を損してしまうのではないか。

 とにかく次に乗る電車の場所(ホーム)を確認しようと、掲示板を見る。すると、私が乗るJR境港線・境港行きは0番線だという。ゼロ番線とはどこだ?出口の手前にあるのが1、2番線だ。少し先には階段があり、階段の上に大きく「2・3・4・5↱」と書いてある。ん?階段の横に変な形の緑色の看板があるぞ。目玉おやじと足跡が描いてある、人魂と言っても良さそうなひょろっとした形の看板だ。よく見ると「0番線ホームはこの先」と書いてある。更によく見れば、2つの足跡の中にもそれぞれ「境港線のりば」「0番線ホームから」と書いてある。すごく目立つように設置してあるのに、意外にこういうのは見落とすものだ。まさかそんな変てこな形の物が、真面目な掲示物だと思わないからね。

 なるほど、つまりゼロ番線はこの先か。前に岐阜県の高山へ行った時、同じように1つのホームの前と後ろで2番線、3番線と分かれている駅に出会った事がある。だから今回は驚かなかった。とにかく、0番線を確認する為、そちらへ行ってみた。そして、1番線の先の方に0番線を発見した。しかし、そこには椅子さえなかった。

 それにしても困った。30分以上待つのに、何もない。寒い。でも、本を読んでいるしかない。0番線にはベンチがないが、1番線にはあった。ここで座って本を読むか。

 というわけで、ベンチに座って本を読み始めた。最初は他に2人くらい座っていたのだが、特急列車が1番線にやってきて、皆乗って行った。ベンチの端が空いたので、にじり寄った。端には一応プラスティックの壁があるのだ。少しは風よけになるだろう。それにしても寒い。上半身はそれほどでもないが、足が寒い。そうだ、毛糸のベストがあった。あれをひざ掛けにしよう。スーツケースから引っ張り出し、紺色の毛糸のベストを膝の上に掛けた。だが、ベストとベンチ間の、ほんの少しの隙間が寒い。実はスーツケースの中にカイロが入っていたのだが、その事に気づいたのはなんと翌日、家で片づけをしている時だったのだ。この時にはすっかり忘れていた。

 ベンチの壁に寄り添うように、なるべく風をよけて座っていた。たまに0番線のホームを壁から顔を出して覗いてみては、まだ電車は無い、と思っていた。本を読んでいる時、そう、14:20くらいだろうか、外国人のツアー客がやってきた。旗を持った添乗員さんが、どんどんツアー客を0番線へ送り込んでいた。私は思った。

(あっちには座るところもないのに、皆あっちへ行かされてかわいそうに。私は自由だから、まだここで座っていられるもんねー。)

と。

 そして5分前の14:35になった。そろそろ電車が来るだろうと、本を片付けて立ち上がり、0番線へ向かおうとすると、なんと0番線には既に電車が停まっていた。なにー!いつの間に入ってきていたのだ?全然気づかなかった。音も何も聞こえなかったぞ。始発だから、向こうからやってきて、向こうの方にしれーっと静かに停まっていたというのか。それならアナウンスしてくれればいいのに。いや、利用客がほとんどいないのに、私だけの為にアナウンスなんてしないか。

 そうか、あのツアー客が来た時には、既に列車が来ていたのか。いや、列車が入ってきたから連れてきたのか?あー、やられた。もっと早く列車に乗っていれば、こんなに長く寒い思いをしなくて済んだのに。

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