だから君を捕まえた

 次の一週間。次の一週間。次の一週間。

 それからの私は、躍起になって如月さんの自殺を食い止めようと、彼に付きまとった。

 彼が結局なんの絵を描きたかったのか、あのときに彼が死んでしまったせいで、結局わからなくなってしまったのがつらい。

 お願いだから死なないで。お願いだから生きて。

 彼にできる限り優しくした。

 気分転換にデートと言えそうもないような散歩に出かけたり、彼の家にご飯をつくるべくご飯の材料と道具を買って持ち込んだり。

 でも。彼はなにかの拍子にポッキリと折れてしまい、理由がわからないまま自殺してしまう。最初の数回は泣いていたものの、だんだん彼の心が折れる原因が気になるようになってきた。

 最初のほうで見せた、自分は絵を描いていないと駄目だという追い詰められた感覚。彼を追い詰めた原因がわからなかった私は、とにかく絵以外にも目を向けるようにしていたし、実際に彼は初めて出会ったときにキャンパスを投げ捨てたとき以外は、ちゃんと絵を完成させ、次のモチーフも定まってきていた。なのに死んでしまうということは。

 彼に絵以外にアイデンティティを求めてない人がいるんじゃと考えたほうが自然だ。

 その周、私はとうとう如月さんに会いに行くことを止めて、学校に通っては美月に付き合ってもらってトラウマやカウンセリングについての本を読み漁っていた。普段ファンタジー小説ばかり読んでいる美月は、困惑して私を眺めていた。


「どうしたの晴夏ちゃん。なにか悩みでもあるの?」

「あることにはあるけれど、私じゃないよ」

「晴夏ちゃん以外の人の悩み……?」

「そう」


 あと何回。あと何回繰り返せるかがわからない。その焦りもあったからこそ、突破口が欲しかった。

 なんでもう繰り返せないかもと思ったのかと言うと、だんだん周回するときに、周回する日時が狭まっていることに気付いたからだ。

 前は一週間あったはずなのに、気付けば六日、五日とどんどん周回するための日にちが早まっている。

 このままじゃ如月さんの自殺を止められないから、私も焦っていたのだ。

 本を一冊、また一冊と流し読みし、如月さんの現状に関係ありそうな部分だけノートに書いて、私は閲覧席から立ち上がった。


「それじゃあ、帰るね」

「あれ、早いね」


 まだ図書室の閉館時間までは時間があるけれど、今日はどうしても行っておきたかったんだ。


「……お通夜に行かないといけないから」

「あれ、誰の?」


 それを言うのが嫌だったけれど、それでも言わないといけなかった。


「私の好きな人の」


****


【如月大和通夜式】


 最近は家族葬が多いものの、如月さんみたいに既に油彩画家として幅を利かせている人だったらそうもいかないのだろう。

 比較的大きめな場所を貸し切って、そこには美大生やら美術界の関係者やらが集まっていた。その中で制服姿の私が紛れ込んでいても、比較的安全だった。

 会場の出入り口で「ご記入お願いできますか」と帳簿に筆で文字を書く。高校生が来たことに怪訝に思ったらしいのは、どうも如月さんと同じ美大の人らしかった。喪服は真新しくまだ着崩れていないシックな色合い。誰かからの形見分けか、喪服は真新しいけれど、首にかけている真珠は野ざらしにされたプラスチックのようにややくすんでいた。


「如月くんのご親戚?」

「いえ……」


 この周回では、如月さんには会いに行っていない。

 会いに行く時間を削って、ずっと本を読んでネット検索でカウンセリングの勉強をしていたからだった。それが役に立つのか、次の周回に持ち込めるのかはわからない。でも、このままじゃあの人の自殺を止められないと思ったんだ。

 私はポツンと漏らす。


「……如月さん、絵を描くの苦しそうだったんで」

「あー」


 それにどうも受付の人は知っているらしかった。


「如月くんとは同じ美大塾に行っていたから。彼、本当にびっくりするほど楽しく絵を描く人だから正直叶わないと思ったんだよね」

「あれ?」

「美大って、だいたい受験勉強のためのデッサンで、絵を描きまくる割には、試験で出る出ないっていうのを重点的にやるから、美大に行きたいって人以外はだいたいここで心が折れて辞めるんだよね。美大って学科試験だけだったら点数は半分で、残りは実技だから」

「なるほど……」


 どうもその辺りは普通の大学とは全然違うらしい。


「でも絵だけで食べていける人なんて、美大卒業してもほとんどいないから。絵だけだったら潰しも利かないから、ほとんどはデザインとか広告系とか、潰しの利く学科に行きたがるんだよねえ。油彩の世界で食べて行けそうな人って、本当にごく稀。如月くんはそんな世界で普通に生き残れるポテンシャル持ってたんだけど……だから悪い人に利用されやすいんだよねえ」

「……待ってください。悪い人って」


 如月さんが感じてた孤独って、多分これもだろうな。

 お金だけじゃ生活できないけれど、お金がなかったら生活できない。

 この辺りはお父さんも前に言っていた。昔はパトロン制度があったけれど、今だったらそんな金持ちほとんどいないから、よっぽどの才能がない限りそんな人いないって。

 でも、如月さんの孤独を追いやるような悪い人って誰。

 美大の人は、じっと視線を向けた。私は彼女の向けた視線を追った。そこには黒い留袖を着た人がずっと泣き続けている。見たことがある顔の人だと思ったら。ちょうど如月さんを年取らせて女性にしたような人が立って、あちこちに頭を下げ回っていたのだ。

 美大の人はこっそり私に教えてくれた。


「あの人。如月さんのお母さん。うちでもけっこう有名」


 美大で有名な如月さんのお母さんって。そのちぐはぐさに、私は思わず頭を下げ続ける彼女を目で追っていた。

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