人はいさ心も知らず(人のこころはどうなるかわからないけれど)

403μぐらむ

第0話

貫之つらゆきのこと好きだよ。私と付き合って」


 俺の名は木野雅之きのまさゆき。貫之はニックネームで、かの有名な歌人にあやかったみたいなもの。小学校の頃から高校生になった今でもずっと同じあだ名を使われている。



 さて今俺のおかれた状況を改めて整理してみよう。


 まず今朝学校に登校すると下駄箱の中にラブレターを発見したのが最初だ。

 内容は「放課後の 校舎の影に 佇みて あなた待つ身の 心逸れり 安野みこと」という和歌テイストなものだった。なんのことかわからなかったけど二枚目には「待っているから放課後校舎裏に来て」と普通に書いてあった。やけにレベル高いんだけど貫之風のシャレのつもりでしょうか?


 校舎裏の東屋とは女の子と縁のなかった俺でも知っている告白の名所。しかも呼び出してきたのは、クラスでも上位の可愛い子である安野みことと来たもんだ。


 一瞬、質の悪い悪戯かと思ったが、ここ最近の安野の俺を見る目が違っていたような気がするのでこれは悪戯の可能性も低いとみた。だって目が合うと微笑んでくるんだもん。

 それで一日中ソワソワして過ごしてきてやっと放課後になったので、誰より先に教室を飛び出てこの東屋に馳せ参じたってわけ。


 暫し待つと安野が校舎の影から現れて小走りしながらやってくるじゃないか! 一生懸命なところも可愛いな!


「ごめんね、待った?」

「ううん、ぜんぜん。俺もいま来たところ」


 完全に嘘である。かれこれ30分は待っていたと思う。


「安野って和歌が上手なんだな」

「ううん。あれ、話題の生成AIの創作だし」

「そ、そうなんだ……。それで安野。こんなところに呼び出して、えと、なんの用事だろう?」


 察してはいるが促してやるのも紳士としては当然の嗜みだと思い話を振ってみた。


「あのね。実は私――貫之のこと好きだよ。私と付き合って」


 キタぁー!! 生まれてこの方初めての告白いただきました。それもまたこんなにも可愛い子からっ。やったね、と小躍りしそうなのを必死に抑える。


「そっ、そういう話なんだっ。えっと、俺も安野のこといいな、なんて思ってたりしたから、俺としてもおねが――――」


「ぷっ、ぷっ、ぷぷぷぷっ……。も、もう無理ぃ~ あははははは! やめてよ~ 何が俺も安野のこと、よ! そんなふうに見ないでよー」


「え? は? ほっ?」


「みんなも早く出てきてよーっ、貫之の変顔しっかりと動画に収めて! 面白すぎ!」


 どういうこと? なんで安野は急に笑い出したの? みんなって誰のこと?


「嘘告ドッキリ大成功! みことの演技に貫之もしっかり騙されたみたいだなっ! いい顔してたぜっ」


 そう言ってきたのは安野といつもつるんでいる山縣って男。他にも3~4人ほどスマホを掲げながら物陰からワラワラと出てきた。


 え? 嘘告……。これ全部嘘なの……。だって安野は教室で目も合ったし、チラチラ俺のこと意識したような雰囲気醸し出していたじゃん。あれって全部、嘘告の前フリだったんだ。


「あはは。すっかり騙されちゃったなぁ。俺、とっても辛之だよー」


「何上手いこと言ってるんだよっ。面白いの撮れたぞ、サンキューな。さて大笑いしたことだし帰るか。じゃあまたな、貫之」


 そういうと山縣は安野の肩を抱いて行ってしまった。


 残されたのは俺一人。


「騙されて、おもちゃにされたってことだよな……。ぜんぶ嘘だったんだ……」





 東屋のベンチに腰掛けどのくらいそこにいたのだろう。気づけば辺りは薄暗くなってきていた。しかも雨まで降り始めているじゃないか。


「……帰ろう」


 折り畳み傘はいつもバッグの中に入っているので急な降雨にも慌てることは無い。小さなそれをパサリと開き、帰宅することにする。


 背中を丸めトボトボと東屋を出る。校門に向かうには一旦昇降口の前を通るのだが、照度の低い玄関照明の下に誰かいるのが見えた。


(今日は雨が降るなんて予報は出てなかったもんな。お気の毒様……って俺に言われたくはないか)


 ふと気になってそっちを見てみると、昇降口に佇んでいたのは同じクラスの氷堂つかさだった。

 氷堂は学校一の美人というほどの美貌を持っているが、そっけないというかなんというか、他人との関わりをあまり持たないほうみたいで彼氏どころか友だちもあまりいないとか言う噂もある。一部ではその冷たいあしらい方を評して『氷姫』なんて二つ名までついていたりする。


(彼女が和気藹々楽しそうにしているのは確かに見たことが無いよな。俺とは中学も一緒だったからかれこれ長いけど話をしたことも数えるほどだし)


 彼女の前を無言で通り過ぎる。彼女の方も俺には気づいているだろうけど何も言わない。


 そのままあと7~8歩も足を進めれば校門に着くってところで俺は回れ右をして昇降口に戻る。



「傘、無いのか?」

「……」


「帰る方向同じだろ? 送っていくよ」

「いいよ、そんなことしなくても」


 やっと出てきた言葉は拒絶の言葉。とはいえ、さっきよりも雨脚は強くなっている。放っておくという選択肢は俺になかった。


「俺と一緒の傘に入るのが嫌なら、これはおまえにやるから一人で帰ってくれ」

「そうしたら木野くんはどうするのよ?」


「走って帰りゃいいだろ。それくらいしか無いし」

 5月とはいえ日が陰るとそれなりに寒く感じる。でも走っていればなんとかなるだろ。


「電車はどうするのよ。濡れたまま乗るの?」

「ぁ……考えてなかった」


 全身ずぶ濡れなまま電車って乗ってもいいのかな? 駄目なのか? 駄目ならどうしよう……。


「いいわ。あなたの好意に甘えさせもらうことにする」

「あ、ああ。でも狭いのは許してくれよな」


 俺の持つ傘は折り畳み傘としては大きめだが、傘としては普通のそれよりも一回りほど小さい。故に互いの肩が触れ合いそうになるのは仕方ないんだ。

 なんて意識してしまうのはさっき告白もどきを受けたせいなのかもしれない。一時だけど安野と付き合った場合の想像をしてしまったのも原因なのだろう。


「はぁ……」

「そんなに嫌ならわたしこそ走って帰るけど?」


「い、いや、違うんだ。このため息は他のことを考えてて……」

 学校を出てからずっと無言だったのもあって、会話に多少飢えていたのかもしれない。俺はさっきあった嘘告の経緯を氷堂に話してしまう。



「――ってことがあって、なんとも遣る瀬ないっていうか、気持ちが落ち着かないんだよね」

「酷い……」


「いや、そういうのって俺のキャラ的にはアリなんだろうけど、今日のはちょっと度が過ぎていたというか、ね。気にしなければいいってことなんだろうけど」

「それだって酷いよ。木野くんは何も悪くないじゃない。おもちゃにされる謂れもないよ」


 氷堂には鼻で笑われるかもと思ったけど、意外と親身に考えてくれているみたいだ。有り難くて泣きそう。


「仲間内で笑われている分にはまだいいよ。ありがとうな」

「べっ、別にお礼なんて要らないわよ……」


 同じ中学出身ということで俺んちからも氷堂家はそんなに遠くない。駅だって同じ駅を利用している。

 なので、駅からより近い氷堂の家まで彼女を送っていくことにした。家バレを嫌がるかと思ったけど素直に自宅まで案内された。


 道中、ポツポツと話をした。学校のこと勉強のこと。最近見たドラマや好きなアニメの話。中学の時の話も少々。


 話をしてみると氷堂は他人と関わり合いを持ちたくないのではなく単に人見知りで、コミュニケーション下手なだけなのに気付いた。話を振ると意外とよく喋るし、笑顔だって見せてくる。


「上がってお茶でも飲んでいく?」

「いや、いいよ。氷堂は今、一人だろ。そんなところに男を連れ込んじゃ駄目だよ」


 氷堂の家はお父さんが海外に単身で赴任中。お母さんは一月ほど大阪の方に長期出張中とのことでただいま絶賛一人暮らしとのこと。


「木野くんはナニカする人なの?」

「するつもりはないけど、俺も健康な高校生男子だからね。理性がそこまで保つかなんて自信はないよ」


 俺も人並みか、人一倍くらいには性欲はあると思う。他人と比べたことはないのでわかんないけど。


「そういうことで。じゃ、また明日な」

「うん、ばいばい。木野くん、傘ありがとう」


 案外と夕方あんな事があったのに気分がいい。氷堂と話せたのは俺にとって余程楽しい時間だったんだろう。

 雨の中スキップしそうなくらいには調子良かったよ。ほんとに。ほんとにここまでは、ね。





「よっ、世界の人気者の登場だ!」


 翌朝教室に入るとみんなに囲まれる。なんのことだか分からないが、俺が世界で評判になっているとかなんとか。


「な、なんのことだよ?」

「おまえ知らないのか? ほれ」


 そう言って見せられたのは短い動画をシェアできるSNSのTekotokoだった。


「なんだコレ……」


 そこには昨日の嘘告の様子を編集した短い動画と俺のことを小馬鹿にするような文字が並んでいた。

 再生回数は数万回を越え、リポストの回数もかなりの数字を出している。


「まいったなぁ……」


 正直参ったなどというレベルではない。世界中に俺の情けない姿を晒されている気分だ。最低最悪。


「ごめーん。昨日編集し直したらけっこう面白くできちゃったもんだからさぁ、みこととSNSに上げようって話になってね。けっこうバズっちゃって通知鳴り止まないんですけどー」


 ピコピコ鳴り止まない通知を見せてくる山縣。このときほどこいつのことぶん殴ってやろと思ったことはなかった。何かがプツリと切れた気がする。


 その時、バチーンっていう小気味いい音が山縣の頬から鳴り響いた。

 一瞬周りの音も無になって全員の動きが止まった。


 山縣の頬を張り倒したのは氷堂さん。その顔には怒りの表情が浮かんでいた。


「え? なんで叩かれたの」


「あなた自分が何をやったかわからないの? なんでこんなに酷いことを平気な顔してできるの? 信じられない! どれだけ木野くんが傷ついているか分かっていないでしょ!?」


「だって、貫之も喜んで――」


「俺が喜ぶわけ無いだろっ。内輪でだけなら最悪でも許そうと思ったけどこれは流石に許せる範囲を越えてる。今回は出るとこ出て然るべき処置を取らせてもらうから覚悟しておくんだな」


 さすがに堪忍袋の緒が切れてしまった。もう笑ってなあなあで済ませる域は越えていて、こんな俺でも怒り心頭に発してしまう。


「わかった? あなたのやったことってそういうことなのよ。これ以上木野くんを追い詰めないで!」


「えぇ、そんなぁ…………ちぇっ、すまなかったよ……」





 山縣のは悪ふざけのつもりがエスカレートしたということだった。こっちとしても校内のことは大事にはしたくなかったので、嘘告を仕掛けた連中を停学一週間と反省文がレポート用紙に10枚以上ということで済ます。

 一方、被害が多岐にわたる名誉毀損などの損害賠償とかきな臭いことは全部親同士でやってもらうことにして俺はノータッチ。

 山縣らの停学が終わる頃にはSNSの方も下火になって過去のものになっていたので運営には出来うる限りの削除処理をお願いするにとどまった。



 さて、あのとき怒りを顕にしてくれた氷堂さんなんだけど……。


「雅之くん、一緒にお弁当食べよ」


「ねえねぇ、今日も一緒に帰ろうよ」


 などと、氷姫のひの字も感じられないほど俺にべったりだ。


 俺のことを思ってくれて山縣を殴った姿に感動して俺から告白をしたんだけど、つかさの方も実は中学の頃から俺のこと気になっていたみたいで。

 いざ話してみると共通の趣味とか気の合うところが色々あって、一気に仲は深くなり俺とだったらそういう風なのもいいかなって思ってくれたみたい。


 まあ、ぶっちゃけ付き合うことになりました。


「今日からまたお母さんいないからうちに寄っていってよ」

「恋人同士になった今度こそ理性が保つかの自信はないよ。俺もバリバリ健康な高校生男子だからね」


「……いいよ。準備は――してあるから」

「おっ……おう。備えあれば憂いなしってやつ、だな」


「そういうことなので、思い立ったが吉日だよ。ね? いいでしょ」


 戸惑いに 恋人の内意を 漏らすなら 思いの外にも タツ我が身かな

(うーん、思いだけでなく下心で別のものも存外にタチそうな予感がするので遠慮なくいただきます・意訳)






ご評価お願いします。☆(ゝω・)vキャピ

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